弔電の送り先、「受け取り人」を誰にするかで、マナーに迷ったことがある。
弔電は誰に送りたいの?そのメッセージを誰に届けたいの?
それは故人へ伝えたい言葉だよね、だから弔電のマナーとして、
故人本人の名前を宛先にするのかな、と思っていたら、それは間違いみたい。
宛先は、喪主の方にするのが弔電のマナーだとか。
まぁ、現実的だよね。
お通夜の場で、葬儀の会場で、弔電を持ってきた人がそれを誰に手渡しするかといえば、
肉体を離れてしまった故人には、それがもうできないのだから。

自分へ送られた弔電を、受け取ることができない。
生から死への一線が、この弔電の受け取り人にあるような気がする。
ラブレターは本人に渡そうよ、クレームだって当の本人にぶつけなくちゃ意味がない。
あぁ、悲しいかな。
現世から魂を消してしまった人だから、
そんな世俗的なルールさえ、もうその人には届かないんだ。
そして弔電は本人をスルーし、喪主へと届けられる。
気持ちとしては本人宛の弔電を打ちたい。
いいや、現実にそういう弔電ルールの間違いは一杯起きているような気がするな。
喪主の方と面識があるとも限らないし、当人が亡くなったというイメージが強すぎて、
普通に言って誰が喪主の方を宛先にするのだろうか。
いっそのこと、私は本人名義で弔電を打ちたい。
それが弔電のマナー違反であっても、打った弔電の紙媒体が受け取り人不明で
通夜の席に届かなくても、本人へ手向けた弔電メッセージが、
宙を通じて故人へと届いているような気がするのだから。
弔電のマナーに見る詩的、弔電はいっそ、本人へ打ちたいものだ。 |
|
"お葬式のマナー"
ページ一覧
ご霊前の金額
不祝儀の金額の偶数
香典金額
葬儀費用
新札香典
弔電マナー
弔電文例
お墓観に千の風が吹く
日本人の死者観
埋葬儀式の意味
リンク
詩的日記
小説
写真
サイトマップ
|