広島平和公園 原爆ドーム 写真








日本人だから一度は来ようと思っていた、広島平和公園と原爆ドーム。

原爆投下の日と終戦記念日の間、暑い日。長袖と長ズボンで身なりを整えて、広島平和公園へ。





モニュメント越しに平和の炎を見ると、僕は思わず黙祷して敬意を捧げた。

長崎でも似たようなことをしたな、具体的な祈りごとはなくても、日本人として黙祷を捧げたかった。





外国人が多いのは嬉しいこと。あなたたちの広島訪問を歓迎したい。

平和の鐘、折り鶴、メッセージあるものを見ながらみんなは平和に歩いている。





夏休み、お盆休みだから、みんなは家族連れでほのぼのと観光しながら歩いていて、

現代の平和を享受している人たちの姿を、ここ悲惨な原爆歴史のある広島で見る。

このことが、平和の大切さを一番良く体現しているのでしょうね。





原爆ドームは、「異質」だった。現代の街並みに、取り残された感じ。





崩壊している色褪せた建物が現れたが、あまりに周囲から浮いているというか、目立っていた。





近寄ってみると、熱で溶けて爆風で削れて、もう原形を留めていない。

有名な原爆ドームだけど、やっぱりこれはアートではなく、傷・疵・瑕・キズ、痛々しいだけだよ。





相生橋がかかっている川だって、この川を目掛けてどれだけの被爆者が飛び込んだのかと思うと

この平和公園と原爆ドームだけは、日本の美を探すどころじゃなかった。





広島平和記念資料館には多くの人たち。

僕もあらゆるパネルに目を通して、「何故広島に?」などを見ていたが、

そこにはやはり人間のエゴっていうか利権の奪い合いの結果だなぁ、と思わされる情報がありました。

生々しい資料は見るに耐えなくて、割愛させていただいたものも多い。





嬉しかったのは、若い人たちや外国人たちが、興味深々で資料に見入っていたこと。

それだけでなんだか胸のつかえが満たさせる、そんな気持ちになりました。





「みっちゃん」のお好み焼きを食べ、つけ麺を食べ、もみじ饅頭を試食し、尾道ラーメンも食べた。

牡蠣はあまり好きではないからパスしましたが、他はみんな食べた感じ。





かなり大きな街で、道が整備されている。

75年間は植物が生えない?と言われたらしいが、

今は普通に街に緑が生え、ありのままの暮らしが戻っている。





時間はかかるが、人間の回復能力ってのは強靭なものだな、森が育つスピードよりも早い。



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