金閣寺 写真








僕の金閣寺の思い出は遠く、深い。

少年の頃から特別だと感じていた、京都の金閣寺という存在。





あれは17才の頃、阪神大震災のボランティアで神戸に行った帰り道、何故か京都に立ち寄っている。

とにかくお金がなくて、京都駅から歩いて見つけた公園にテントを広げ、銭湯で汗を流した。





テントで寝袋にくるまって寝ていたら、夜中に警察官の尋問を受けた。

何故京都に来たのかと聞かれて、僕が答えたのは「金閣寺が見たかったから」。

真面目に答える僕の様子を見て、警察官は思わず笑った。





覚えているのは、銀閣寺から金閣寺まで歩いたこと。

距離にして7kmもあるのに、バス代すら浮かせたくて、汗をかきながら早足で歩き続けた。

足りないもの(お金)は自分の体力でカバーする。

がむしゃらだったあの頃、自分自身の力でできないものはないと思っていた。


お腹が空いたら、量優先で、コンビニで安いパンを買って食べた。

金閣寺を眺めて、その頃の僕は何を思っていたのか。今ではそれがミステリー。





三島由紀夫の小説「金閣寺」に登場する若僧のように、僕も金閣寺ほど美しい存在はないと信じていた。

美しいものを自分の目で確かめてみたい、それがあの時の原動力だったのだろうか。





帰り道にお腹が空き、手持ちの図書券を現金に換え、お釣りで食べたうどん。

今となってはどこだか分からないが、どこかの住宅街を歩いて、どこかの電車の駅まで。

同じ道をたどろうとしても、今更たどれるはずもない。

それほどに、あの頃の僕と今の僕では、スタイルが様変わりしている。





どうして金閣寺が見たかったのか、我ながらその真意は今となっては不明。

ただ精一杯に生きていた、17才の自分の冒険を思い出し、拍手をしたくなる。

そんな金閣寺の思い出を、一眼レフで写真に収められて、僕は満足だった。



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