小説「愛日常」
花言葉




「やっぱり私は賛成だわ」

ゆっくりと、そしてはっきりした口調で四季が言った。

「私も何かをやりたい。

昭クンの言う通り、会社にいると結局自分が何をしたのか

最後には分からなくなってしまうもんね。

何かはっきり形に残せるものをひとつひとつ重ねてゆくのも大切だと思う」


的を射た言葉。どうしてそれが彼女に分かるのだろう。

何の負い目もない女性に見えるのだが、

やはり彼女も人間ならば何かに悩んでいるのだろうか。

その悩みのどこかで僕に共感する部分があったからか。

「私もね、誰にも負けないぐらい仕事をこなしているけど、

本当の自分の居場所がどこなのかが見つからないの。

あーあ、どうしてこう広がり過ぎちゃったのかしらね。

選択肢が多過ぎるからどこに行けばいいのかはっきりしないのよ。

だから、小さくても確かなものを、

目に見える形として創り上げるのは素晴らしいわ。

……ところで、美夜ちゃんはどうしてなの?

通りがかりの私を誘ってまで来たかった理由が知りたいわ。

若いんだし、私や昭クンとは全然違うこと?」


四季が優しい口ぶりで美夜子に尋ねる。

美夜子はえへへ、と笑いながら答える。

「なんとなく。みんなみたいに何か考えてじゃない。

ただ最近落ち込んでたから気を紛らわそうと思ったのかな」

曖昧に笑いながら美夜子はそう言った。

何もないのか。それもまたひとつの答えだろう。

彼女自身が気付かずとも彼女のどこかにもまた

僕と共通するものがあるのだと思う。

下衆な興味じゃなくて参考のためそれを知りたい。

もう少し話していれば出てくると思う。


「ごめん、いくつなの?かなり若いんでしょ?」

まずはそこら辺から普通に聞いてみよう。

「十八。そんなに若くないですよ〜」

マスターに聞かれないように声を落として答える。

「いや、全然若いよ!若さのピークだって!」

「でも〜高校卒業したらもうヤバイ。現役の高校生のコとか若く見えるしー」

「それはない!そんなこと言ってたらこの先どうするんだよ」

「え〜。ヤッパ違うよ〜」

僕の言ったことにちっとも納得していない。分かってないなぁ。

でも僕も十八ぐらいの時は年のひとつの数字が

大きな壁に思えてたからな、分かるはずないか。

さすがに二十六にもなると十八の彼女とは距離を感じる。

「その年で花とか木とかに興味あるわけでもないでしょ?

珍しい。ただの気まぐれ?」

「えー、興味ありますよぉ。いっつもお店では花言葉がネタなんだから」

意外な言葉を聞いた。

「花言葉?!またどうして花言葉?」

まさかこの彼女から花言葉とは。

「中学の頃からなんか好き。なんか良くない?

わたしは五月十五生まれ。

わすれな草で花言葉は『真実の愛』。どう?良くない?」

「へぇ〜。いい日だね〜」

「ちょっと、誕生日言ってみてよ」

「二月一日」

「さくら草。『若い時代と苦悩』ね。あは、ぴったりじゃん。どう?」

彼女は即答した。

「凄い!覚えてるんだ。ひょっとして三百六十五日全部覚えているとか?」

「全部はムリー。でも結構。こんなことばっかり覚えてきたから」

「凄いねー。高校生の時にクラスの女子で流行ったけどもう何も覚えてないよー」

感心したような顔で四季が見ていた。

「四季さんは?」

と美夜子。

「一月三日だよ」

「花サフラン。『悔いなき青春』」

「あぁ〜そうそう。昔聞いた。あんまり好きじゃなかった」

「慶は?」

僕が聞くと、慶はあまり興味なさそうに言った。

「九月の十六」

「あ〜分かんない。ちょっと待って。ケータイで探すから」

ケータイをいじりだす美夜子。

「いつもこれで探すんだ。えーとね、りんどう?『悲しむ君が好き』だって」

「うーん、微妙、ね」

四季が言う。本当だ。難しいな、花言葉って。合ってるようでそうとも限らない。

「でも、よく覚えてるね。凄い記憶力」

本当に偉いと思った。彼女のことを見直した。


「わたし、このぐらいしかお店で話できないから。

ほら、ほとんどが初対面のお客さんだし、

全員年上だし、何を話せばいいか分かんない。

まだ一ヶ月だから慣れなくて。こんなのばっかり使ってる」

そういう使い方もあるんだ。

それにしても、こんな若い娘に花言葉なんて言われた日には

なんだか唐突な感じで、驚いちゃうよな。

「今年高校卒業したんでしょ?」

「うん」

「でも、偉いよね。その年で働き始めるのは」

「でも、夜のお仕事だし。誰にも言えない」

「親とか大丈夫なの?」

「親とカレシには夜勤の工場のバイトしてるってウソついてる。

親は気付いているみたいだけど何も言わないし。

カレシは気付いてないっぽいけど、心配してるみたいで

終わったら毎日夜中でも電話しろ、ってうるさい」

「迎えに来ないの?分かっちゃうんじゃない?」

「大丈夫。迎えに来ないで、ってしつこく言ってあるし。

わたしね、車欲しいんだ。だからキャバで働いている。

車買ったらさっさと辞めるつもり。

カレシには親に買ってもらった、って言って」


そうだったのか。そんな目的があってキャバクラで働いているのか。

自分で稼ごうとするのは偉い。

その年なら迷わず親に買わせる奴らもいることだろうに。

「偉いけど、これで益々分からなくなった。

どうしてこんなことに興味があるの?」

素直に謎だった。みんなも同じだと思う。

「分かんない。けど、なんか感じた。

面白いことができそうだって」

「こんな僕たちなのになぁ。まぁ、本当に良く来てくれたねぇ。

正直、来るとは思っていなかった。なぁ?」

慶に聞いてみる。

「いやーホント。予想外。びっくりだよ」

「四季さんがいなかったら来れなかった。

でも、なんか四季さん、わたし以上に乗り気じゃない?」

「そうなの。だって面白そうでしょ?」

そう言って四季は楽しそうに笑った。

この美夜子という少女が何故こんなところに来たのか、

まだ見えてこないが、恐らく彼女もまた

心に空白を抱える現代の若者の一人なのだろう。

彼女自身でも分からないというその何らかの空白が、ここに足を運ばせたのだ。



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