小説「愛日常」
贅沢な悩み




「次は、慶だな」

そう言いながら女性二人の顔を見渡すと、

彼女たちも興味津々で聞こうとしている。

他人のこういうことを聞くのは下世話だが楽しい。

「今大学四年生です。四年目をダブっています」

あいつは女性に照れるタイプだと思う。

おどおどしてはいないが、僕と話していた時とは口調が違ってる。

さぁ、どんなのが聞けるのか。僕と一対一の時とはまた違う彼が見られそうだ。


「卒業後のやりたいことが見つからなくて、わざとダブりました。

悪い奴でしょう。私立だから学費も高いのにさぁ。

でも、どうしてもそのまま就職する気になれなかった。

大学院で勉強する気もないし、

もう単位はほとんど取ったんだけどね、まだブラブラしてる」

「フリーターになればいいのに」

美夜子がつぶやく。何故か怒っている。

「フリーターは世間で身分が保障されていないでしょう。

大学卒業しても就職しない、って親に言ったら

無職だけは止めてくれ、って凄く抵抗されたんだ。

それならまだ留年しろってね。一年間猶予をもらったとも言えるし、

親に押し切られただけかもしれない。親は明らかに世間体を気にしていた」

「絶対に甘えてる!」

美夜子がまた言った。

「分かっているよ、それはその通り。否定のしようもない。

これが最後の甘えだと知っているつもりだよ」

わずかに寂しさを覗かせて慶が言う。


「いいかい。今という社会は、僕たちにあまりに多くの道を与えてくれる。

一億総中流なんていう言葉があるが、正にその通りだ。

特に僕たち若者が何かをやろうとすれば

それが幾らでもできる仕組みになっている。

商人の子は商人、農民の子は農民と決められていた時代や、

労働者と資本家との階級闘争時代とは大違いだよ。

日本は豊かなんだな。資本主義と民主主義が現代で頂点にゆきついて、

今のこの自由が有り余っている。贅沢な悩みだよ、本当に贅沢なんだよ」

今度は苦悩の表情を浮かべながら彼はそう言い切った。


「全く贅沢な悩みなのだが、それはそれで僕たちを迷わせるのだ。

さっきあなたも言ったね。

選択肢が多過ぎてどこに行ったらいいのかはっきりしないのが現代なのだ。

自分が選んだ道にある程度満足したとしても、

実は他の道の方が幸せなんじゃないのか、と疑うことを避けられない。

それは他の道にも進むことができる可能性が残されているからでもあるんだよ。

自由が逆に迷いにもなる。

今ある環境、与えられた現状をいかに良くしようかと考えるのではなく、

いっそ全く別の場所に行ってしまった方がいいんじゃないかと、

大体それは幻のはずなんだが、そう考えがちになる。

みんなも分かるだろう?僕はこの悩みを解決できない。

道を選べなくて手前で立ち止まっている」


深い。慶の悩みは深いぞ。

「じゃぁ、君もきっかけを求めているのか」

頷く慶。やはりそうか。求めているものは僕と似ている。

「そうだよ。今まで、僕は決定的な解決方法だけに絞って探し続けてきた。

Only Oneになることだけを考えてきた。

それからすれば昭のしようとしていることは小さな一歩だけど、

実はそういう現実的な経験を積んでこそ、

大きな解決の道が見えるんじゃないかって、そう思えてきたんだ。

何だろうね、何か日常的に打ち込めるものを見つけたい」


慶の告白こそ本音であろう。

僕より幾つも若い彼がこんなにも将来のことを考えているとは。

僕のように何も考えることなく社会に飛び込む人間がいれば、

あらかじめ飛び込む先をじっくりと考えてから飛び込もうとする人間もいる。

僕だけの常識では測れない尺度の広い話になった。

この四人は誰もが悩みを抱えている。

それぞれで中身は違うが、いずれも現代らしい悩みではないか。

この四人が偶然集まったことに意味はあるのか。

互いに何か呼び合うものがあったと、大袈裟でも信じてみようか。

僕一人だけの計画だったものが、こうして彼らの目に触れることで、

彼らにも何か意味のあるものになってくれればと思う。

できることなら、これは僕一人の世界だけに留まっていて欲しくない。


「色々な人がいる」

美夜子がそう言った。

「本当。面白い!」

四季は嬉しそうだった。

「仲良くしたいね、仲良く」

慶もそう言う。

「いやぁ〜嬉しいことだよ。仲間が増えた」

僕も本当に嬉しかったんだ。

一人より二人。それが四人もいれば必ず何かができる。

四人が四人とも、何かを求めて集まるのだから尚更だ。


「具体的にはどうするつもり?」

「車あるから、中央道で山梨まで行こう。

一宮御坂インターで降りるとすぐだよ。昔走っていた桃園がある。

そこで地道な作業をして桃を復活させよう。

それで、言っておくけどすぐには終わらない。

分かんないけど、何ヶ月かかかるよ」

「平日に?休日?」

「週末。仕事あるからね。行ける人は土曜の朝、ここで集合しない?

日帰りできるよ。みんな、時間取れる?土曜で大丈夫?

毎回じゃなくて来れる時だけ来ればいいけど、多分数ヶ月だよ。覚悟いい?」

祈るようにみんなに聞いてみる。

ここまで来たんだからなんとか都合が合って欲しい。

「私は大丈夫。土日休み。

家は都内だけど、週末はこっちの実家に帰って来てるから」

四季がそう言った。よし。まず彼女は大丈夫。

「土曜は休む。大丈夫だから」

そう美夜子が言ってくれた。

彼女が一番心配なんだ。本当に大丈夫なのかな。

「美夜ちゃん、大丈夫?週末の方が忙しいんでしょ?」

四季も心配そうだった。でも、美夜子は割合あっさりとしている。

「いーの。基本給ないし、出たい時だけ出ればいい店なんだから。

まだ営業もしてないダメキャバ嬢だよ、わたし」

良かった。じゃぁ、大丈夫なのかもしれない。


「もちろん大丈夫だよ、明日から行けるぐらいだ」

慶も大丈夫か。それは留年大学生なんだから時間あるよな。

「早いなぁ、僕はもちろん明日からだって大丈夫だけどさ」

どうやら全員大丈夫そうだったので僕は嬉しくてそう言ってみた。

「私も。美夜ちゃんは?」

おっ。四季が乗ってきてくれた。

「わたしねー、明日はお店入れてるんだ。

でも、七時までに入ればいいからそれまでに帰って来れるなら行こーよ」

――本当?そんなに話が上手くいっていいの?

「じゃぁ、決まり。何時にどこ集合?」

慶が強引に話を進めてゆく。夢のような話。

夢だと思わないようにしてみようか。

「ホントに明日下見してみる?みんなに意志を再確認して欲しいし。

十時ぐらいにこの店の前に集まれる?」

そうしたらみんな大丈夫だと言うんだ。本当に随分急な展開になった。

自分でも信じられない。そうだ、あとこれだけは言っておこう。


「それじゃぁ、明日本当に来てください。

でも、気が乗らない人は来なくてもいいよ。

今日はまだ連絡先とか聞かないようにしよう。

でさぁ、ひとつ提案。ここでは年齢の先輩後輩とかはなしね。

それに、当分はお互い他人同士で、さばさばした関係でいようよ。

普通の友達関係みたいなのは持ち込み禁止。

あくまで自分の目的だけのために自主的に集まる、っていうことで。

嫌になったらいつでも気兼ねなく止められる。

そういう割り切った集まりの方がやりやすくない?」

僕が気にしていたのは、

いつもの人間関係をこの場に持ち込まれることだった。

上手くゆけばいいのだが、時として上手くとも限らない。

それよりも、最初から何の絆もない関係の方がいい。

ケータイやメールで頻繁につながる今。

何もコミュニケーションの手段がないくせに、

実は心でつながっているような仲間もたまにはいいんじゃないかな。


「いいよ。そっちのほうが気楽だね」

慶はそう言ったが、問題は女性二人だ。

僕の言葉は彼女たちに怪しまれないためでもあった。

勘違いしないで欲しい。

普通の男たちのように、あなたたちを女として狙っているとかじゃない。

性別を超えた純粋な仲間になりたいだけだ。

そんな変なこと、上手く言えないけど本当にそうなんだ。

「大丈夫。明日必ず来る。

美夜ちゃんも、私がいるから安心して来てね」

「うん。ちゃんと来るから」

良かった。何とかここも乗り切ったようだ。

「悪い奴じゃないから心配しないで。とにかく危なくはないって」

慶と自分を指差しながらもう一度念押ししておく。

「昭クンが善い人だってことは分かる。

慶クンも変わっているけど多分悪い人じゃないでしょう」

と、四季。それを聞いて笑ったから美夜子も同感なのかな。


「多分!そうだっ、多分悪い人じゃないっ!」

慶は自分でそんなことを言っていた。

その態度はやっぱり変わっているのでみんなに笑われる。

たまに面白くなるな、この男は。

「じゃぁ、今夜はもう遅いから。

明日来てくれると信じてここは払っておくよ」

女性二人はサイフを出して払うと言ったが、

慶がそんな二人を当たり前のように遮った。

「いいから、いいから。

こういう時、一度言い出したら何を言っても聞かないのが男。

ポーズはいいよ」

そうはっきり言われると気持ちが良い。

四季はサイフをすぐにしまった。美夜子も真似る。

僕はみんなの分を払うと外に出た。


「じゃぁ、一人ずつ帰ろう。まずは美夜ちゃんから?」

「えっ、一人ずつ?

四季さん、方向一緒だったら途中まで一緒に帰ろ。わたしあっち」

「あ、同じ。じゃ、美夜ちゃんと帰るね。

明日は十時ね。汚れてもいい格好で来るから」

「そっか。わたしも」

「明日絶対来てくださいー。待ってるよ!」

「大丈夫。心配しないでよ〜。

じゃぁ、オヤスミ〜。ゴチソウ様でした〜」

女性二人はあっさりと背を向けて帰って行った。

「じゃぁ、僕も行く。もちろん来るよ。

言い出しっぺの君は絶対に来ないといけないぞ」

「分かってるって。来ないはずがないじゃないか。

なぁ、頼むから本当に来てくれよ?男一人じゃ辛い」

「ははは!僕もだ。お互い、互いが必要だ。じゃぁ」

そうして慶も去って行った。きっと来てくれる。みんな集まってくれる。

僕はいつも考え過ぎなのだ。たまには信じてみようよ。

いよいよ明日からか。急に実現したからって怖気づいたりはしない。

さぁ、今日は早く帰ってさっさと寝ておこう。



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