小説「愛日常」
自己紹介 内容




次の朝になると僕はまた後悔した。昨夜も熱かったかなぁ。

みんな乗り気だったようだけど、あれはみんなの手前だったからで、

来ない人がいても不思議じゃない。

美夜子が来ないと言ったら四季も来ないだろうし、

慶も本当にちゃんと来てくれるかなぁ。

まぁ、考えたところでどうしようもない。

それぞれでもう答えは出ているだろう。信じるしかない。

これからのプランを考えてみた。

場所は決まっているし、あの桃の老木もそのまま残っているとしよう。

雑草が伸びているだろうから最初は草むしりだな。

その後どうしようか。


故郷の御坂は桃の名産地だ。

せっかくだから桃の花畑がいい。それも、桃の実を主目的としない桃園だ。

なんだか象徴的じゃないか。実益を求めない僕たちの関係と同じだ。

結果を求めず、過程を大切にしたい。

改めて部屋を見渡しても、使えそうなものなんて何もない。

軍手や鎌は最低限必要だろう。

大体こんな計画、僕がイメージを膨らましただけだから、

計画より空想、いや、夢想という言葉の方が相応しい。

農作業の経験もない。

近くの農家の人に教えてもらいながらやってゆけばちゃんとできるかな。

心配は尽きない。とりあえず、今日は僕が行かなくちゃ始まらない。

早目に行っておくことにした。


Barまでの車で僕はみんなのことをぼんやりと思い返していた。

慶は変わった奴だ。ただ、悪い方向だけに屈折しているようでもない。

あいつも何か今の自分に納得が出来なくて、

新しい道を開こうともがいている感じがする。

彼のことは理解できるし、上手くやってゆけそうだ。


分からないのは女性二人だ。

美夜子はまだ十八で、それもキャバクラで働き始めたばかりだという。

そんな娘にしては金を稼ぐ目的がしっかりしている。

キャバクラで働くことに対しての引け目なんて今の時代ではいらないと思う。

――それにしても。僕には彼女の若さが哀しくて仕方がない。

十八才の若さがキャバクラでの毎日に削られてゆくのだろう。

本人は気付かなくとも、それは必ずやってくる。

僕の身体が会社での怠惰な日々に埋没していったように。

彼女の若さと、そしていくらかでも純真さの残った心は

日ごとに彼女自身から遠ざかってゆく。

キャバクラという仕事の性質上、そのスピードはおそらく速い。

どうしてあの少女が土いじりなんかに興味を持ったのか。

それが僕には分からない。


四季のことも分からない。

会社ではさぞかし有能な人なのだろう。そんな印象を受ける。

てきぱきしているし、頼りになりそうで、それに対応が丁寧だ。

上司からは信頼され、後輩からは慕われている女性、という感じがする。

不満なんて何もないんじゃないか。

美夜子もカワイイけど、四季には知的な美しさがある。

何が足りないんだ。ないものねだりなんじゃないのか。

まだ僕には分からない。この二人のことはまるで分からない。


そんなことを考えていたらBarの前に着いていた。

三十分も早い。それはまだ誰もいないよ。

中央道の手前に日用品店があるから、軍手だけでも買って行こう。

いきなり雑草むしりなんてやらせたらみんな嫌になるかなぁ。

それと、桃より桜の方がいいとか言い出されると辛いなぁ。

桜の方が一般的には人気あるからなぁ。

でも桃のほうが歴史は古いし、長寿の意味があったり、

邪悪を払う力があるとか言われて縁起いいんだぞ。

みんな知らないだけだ。


色々考えていたら四季と美夜子が一緒に歩いて来た。

「おはよ〜!美夜ちゃんと途中で待ち合わせて来たのよ」

「おはよう!いやーよく来てくれました!」

ジーンズをはいた四季は昨夜とは感じが違う。

作業着っていうよりオシャレなんだよね。

こんな都会的な女性が土いじりか。やっぱり彼女も心配だなぁ。

美夜子はジャージで来た。

あぁ、よくこういう格好で自転車に二人乗りしている十代の娘、いるなぁ。

あぁ、こういう娘か。どっちにしろ心配だなぁ。

「おはようございます。あとは慶さんだけですか?」

美夜子はたどたどしい様子で挨拶をした。

いや、遠慮してもらっては困るな。

「おはようございます、ほら、年とか関係ないからさ、敬語はいらないよ。

昨日も言ったけど、いつも通りにしてよ」

「ホント?ん〜でも抵抗ある」

「敬語ないほうが私もやりやすいわ〜」

四季がさり気なくそう言ってくれた。

「マジで?四季さんがそう言ってくれるならいつも通りにするぅ〜」

「おっ。それでいい」

僕が笑うと、美夜子も笑った。低い声の、あまり品のない笑い方だ。

まるっきり今時の娘だな。

彼女にはもっと普段のままでいて欲しい。

僕の知らない世界の人だから、何もかもが面白くて。

ありのままの姿が見たい。


「慶はまだだね。そのうち来るよ。

あいつは乗り気だったから必ず来る」

時間つぶしがてらみんなに僕の車を見せていたら慶が来た。

なんだ、アイツは。両手一杯に荷物を抱えている。

「早いね!ほら、用意してきたぞ。

手袋からナイフからライト・縄・チャッカマンでしょ。

日陰が欲しいから屋根代わりのビニールシートも」

どこからそんなの持ってきたんだよ、この男は。

「キャンプ?!ウケる!」

美夜子がそう言って爆笑していた。ホント大袈裟だよ。

まぁ、ヤツの本気さはそれで充分伝わってくるけどね。


車に荷物を詰め込むと、真っ先に慶が助手席に乗り込んだ。

彼に急かされるようにして僕たちも車に乗り、中央道を目指して車を走らせた。

みんなご機嫌だった。

後ろの女性二人がよくしゃべり、僕たちのことを聞いてくる。

そうだよね、どんな人なのか分からないままじゃ仲間になりづらいか。

あまり個人的なことには突っ込む必要のない関係とはいえ、

最低限のことは話さなくちゃ。


僕のことはもういいだろう。

二十六歳で、ビール会社の営業補佐で、両親は山梨で、拝島で一人暮らし。

会社は高田馬場にある。

趣味はマラソンのはずなんだけど、今はすっかり走ることも少なくなって、

興味があるのはK-1とかPRIDEとかの格闘技を見ることぐらい。

彼女はいなくて、彼女なし暦二年。

特に四季も美夜子もタイプってわけじゃない、ってこと。

さすがに最後のは言えなかったが、他は全部しゃべらされた。


慶は二十二で、大学四年目を留年中、バイトもしていない。

ではどうやって生活しているのかといえば、

留年が決まったと同時に親にそれまでのアパートを解約されて、

拝島の叔母の家へ一年の約束で居候させてもらっている。

子供のない夫婦なので歓迎してくれているようだ。

意外なことに(!)付き合って三年の彼女がいるらしい。

僕にはそれが許せない!

この変人を理解してくれる女性がいるとは納得できないじゃないか。

想像はしていたが、親は釧路にある大手海運会社の社長だそうだ。

道理で、留年させる金があるわけだ。

趣味は音楽、それも演奏は出来なくて、聴く方専門だそうだ。

大学の専攻は日本史だという。


散々僕たちにはしゃべらせたくせに、四季はあまり多くを語らなかった。

有名企業の海外人事担当であること、

中目黒に住んでいること、親は拝島にいること、

誰にも認められるぐらいバリバリ仕事しようと頑張っていること、

転職するかどうか迷っていること、

最後になってようやく二十七の年齢と、

付き合っている人とか好きな人はいないが、

付き合ってくれと言われている何人かの男性がいることをしゃべった。


逆に美夜子はサバサバした口調であっさりとしゃべった。

この三月に高校を卒業したが定職には就かなかったこと、

車を買うお金が欲しいから拝島のキャバクラで働き出したこと、

それを親や彼氏に内緒にしていること、そこまでは昨夜聞いた。

同じ年の彼氏とはケータイのメールで知り合ったこと、

彼氏が最近バイトを始めたので

なかなか逢う時間がつくれないのがさみしいこと。



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