小説「愛日常」
御坂 桃




そうこう話している間に車は一宮御坂インターチェンジを降り、

僕の実家へと向かっていた。

道の両脇は桃園だらけだからつい昔のことをしゃべった。

御坂の桃は山梨でも一番美味しいということ、

小学校の給食ではやっぱりよく桃が出たこと、

ついでに桃の花がキレイなこともアピールしておいた。

桜のような艶やかさはないが、独特の色の美しさがあって、

昔の教養人たちは桜よりも桃をもてはやしたことなんかをね。


車は懐かしの我が家に着いていた。

家に帰るのはほとんど二年以上ぶりになる。

社会人になってから全然帰っていない。

家が嫌いなんじゃなくて、もうここには

何も得るものがないと思って出た故郷だから、

帰って来ても思い出に浸るぐらいしかできないからだ。

後ろ向きにはなりたくない。

親にせがまれて二度ばかり正月に帰ったぐらいだ。


人を連れて帰るよ、と今朝電話しておいたら

気の早い母親は結婚の挨拶かと早とちりしたらしく慌てていた。

ただの友達で、ちょっと山梨までドライブしに行く途中で寄るから、

と言ってようやく落ち着かせた。

車を停め、家に入る。みんな遠慮がちに玄関に上がった。

父は市役所で働いていて土日は休みだが、

今日は地元の会合で出かけて行ったらしい。

母はみんなを居間に通すと冷たい飲み物を振舞ってくれた。


唐突に僕は本題を切り出す。

僕が昔走っていたあの桃の老木の場所は母も知っている。

みんなであの場所を復活させに来た、と言うと母は物珍しそうに僕たちを見た。

そのためにこの四人が集まって、これから週末に

ちょくちょくこっちに来るつもり、と説明すると

これには母も驚いた様子だった。

それもそうだろう。話が飛躍し過ぎている。

僕がそんなことをする理由なんてどこにも見当たらない。

ましてや若者が四人も集まってすることじゃない。

誰だって理解できないだろう。


鴨川さんというおじいさんがあそこの地主だということは僕も知っていた。

その鴨川さんのことを聞くと、三年ぐらい前から

もうすっかり現役を引退した、と母は言う。

子供が跡を継いでいるわけでもないから

あの土地はもう使われていないらしい。

地主にはあらかじめ断っておこうと思っていたところだった。

そうするとあの老木の場所はどうなってしまったのか。

まだ鴨川さんが現役で、桃園を自分で切り盛りしていた頃は

豊かな場所だったが、今ももうすっかり廃れてしまったのだろうか。


母は何も詮索してこなかった。

いいんじゃない?とばかりに賛成してくれているようだった。

理由はどうあれ、息子が時々帰ってくることだけで嬉しいようだった。

まぁいいや。まずは場所を見に行こう。

早速みんなを促してあの場所に向かうことにした。

昔は遠回りして走っていたから三十分はかかったけど、

直線距離を車で行けばあっという間に着く。

辺りの景色はあの頃と変わらない。

いや、僕が小学校ぐらいの頃からあまり変わってないんじゃないかな。

わずかながら人が来たり、出て行ったりはした。

みんなが少しずつ年を取り、当時子供だった同級生たちのほとんどが

この町から出て行った。ただそれだけだ。


空き地に車を停めて歩く。乱雑に生えた竹林の細い道を行くのだ。

本当に久しぶりの道。

ここは社会人二年目の正月に帰ってきた時に来て以来だから、

実に三年ぶりにもなる。

三年。以前は毎日来ていた場所が、今は三年ぶりになってしまう。

それも一人ではない。他に三人も連れてだ。

こんなこともあるんだな。あの頃では全然想像できなかったことだ。

鬱蒼とした竹林。足を踏み入れると同時に空気が冷たく変わった。

竹林独特のこの感じ。あぁ、この感覚を僕の身体はまだ覚えていた。


「いいじゃない。涼しい竹林」

と四季は言ったが、みんなは足元に必死で

周りを見る余裕なんてなさそうだった。

鴨川さんが引退してしまった影響なのか道は酷くなっていた。

積もった枯れ葉で滑りそうだし、でこぼこはできているし、

落ち葉の下で導線のように張り巡られた竹の根で躓きそうになる。

とても普通に歩ける道じゃない。昔はまだましだった。

人が通らなくなって急激に廃れてしまったようだ。

この竹林を越えるとその奥は何もない雑木林が続く。

昔はクヌギを積んで茸の養殖場として使っていたらしいが、

僕が物心ついた頃にはもうすっかり荒れ果てていた。

小学生の頃は友達とカブトムシやクワガタを採りに来る格好の遊び場だった。


ひとつ特徴がある。竹林を抜けると、雑木林との間にぽっかりと土地が空く。

竹の屋根がなくなり、雑木林の屋根との中間に空間が取り残されている。

野球場の内野を少し狭くしたぐらいだろうか、平らな草むらが広がっているのだ。

草むらの中心にかけて少し小高い丘になっていて、

奥と両脇は雑木林で、手前が竹林。

本当にここだけが急にぽっかりと空に口を開けている。

そこに一本の桃の老木がひっそりと佇んでいる。


桃の木にしては大きい。もう二十歳ぐらいの老木になる。

桃の木の寿命はせいぜい二十年から二十五年だ。

もう結構な老木なのに、朽ち果てるどころか堂々とした体躯はそのままだった。

僕に忘れられ、地主にも見捨てられたはずの老木。

それでもまだここにいた。

僕はわずかな意外感に打ちひしがれていた。

同時に、昔の友達に再会したかのような安堵感があった。

丘の中央まで歩き、みんなを招く。

悪い足場を気にしながらもみんなが丘まで来る。



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