小説「愛日常」
桃畑




インターフォンはないから静かに引き戸を開け、

みんなの前だから勇気を振り絞って呼びかけた。

「ごめんください」

すると遠くのほうでおう、という声がした。

鴨川さんの声だと思った

。しばらくその場で待っていたが玄関まで出て来る気配がない。


「ごめんください、」

もう一度声を出すと、今度は奥からはっきり声が聞こえた。

「おるよ。上がってこ」

「上がって来い、って。上がろうぜ」

慶はそう言うが僕と四季は顔を見合わせた。

そうだよ、いきなり自分から上がって行くのはマズイよ。

「ほら、行こうぜ。お邪魔しまーす」

慶が靴を脱いで玄関に上がる。

「おい、待てよ」

月並みなセリフで慶を止めながら僕も上がる。

よし、行ってしまおう。どうにかなるさ。

僕は居間の入口で遠慮がちに声を出す。


「失礼しまーす」

頭を下げながら居間に入る。鴨川さんはテレビを見ていた。

僕を振り返って見た時、かすかに鴨川さんの表情が反応したように思えた。

「おう」

鴨川さんはそう言ってくれた。僕があの青年であることを認識したのだ。

「お久しぶりです、三丁目の町内会長の息子です。

以前良くこの辺りを走らせていただいてました」


馬鹿丁寧に挨拶をした。

「おうおう、分かるよ。しばらく見かけなかったなぁ。まぁ座れ」

しっかりした口調で鴨川さんはそう言った。

「お邪魔しまーす」

僕が入ると、後ろからみんなが続いた。

さすがに鴨川さんの表情にも警戒の兆しが見られた。

「あっ、友達です」

言われる前にそう言っておく。

でも鴨川さんはそれ以上何も聞かなかったし、

みんなにも座るように促すぐらい平静だった。


「ずいぶん賑やかだな。ちゃんと実家には帰っとるのか?

親父さんとはこの前の町内会で一緒だったぞ」

「久しぶりに帰ってきました。家にも寄ってきたところです。

おじいさんもお変わりないようですね」

「何言っとる。もう耄碌じゃわ」

シワだらけの顔で笑いながらそう言い返された。

耄碌したようには思えないが、身体が一回り小さくなったんじゃないかな。

久しぶりに見るからか。


「何だ、結婚でもすんのか?」

四季と美夜子の顔を見渡しながら鴨川さんは呑気にそう言った。

それを聞いた二人は爆笑だ。

「いえいえ!とんでもない!ただの友達です!」

「なんじゃ。べっぴんさんが二人もいるのに」

四季と美夜子が笑う様子を見て鴨川さんも何となく分かったらしい。

冗談めいた口調で言ってカラカラと笑った。


「違います違います!」

首を振り、両手まで横に振って全力で否定した。

「っていうか〜、どっちかがカノジョなんですぅ〜。どっちでしょ〜?」

悪乗りする美夜子。おいっ、ヘンなことするな!

「本当に違うんですってばー。

おじいちゃん、僕まだ二十六ですよ。まだ早いですって」

焦って否定する僕。

「早くないぞ。わしは二十四の時だったからなぁ」


眼鏡を外して鴨川さんが笑っていた。

テレビはマラソンを放送していた。

縁側から太陽の眩しい灯りが差し込んでくる。

こののんびりした匂いは田舎特有のものだ。

実家にもない。僕の親よりもっと年配の家特有の匂いだ。

こんな空気は久しぶりだった。


「実は、さっきあの桃の老木のところにみんなで行って来たんですよ」

鴨川さんの目が少し曇った。

「あの土地が残っていて安心しました。凄く懐かしい気がしました」

鴨川さんは目を細めて僕を眺めていた。表情はあまり明るくない。

「あそこはまだおじいさんの土地なんですか?」

黙って首を縦に振る。

「このみんなで力を合わせてあの場所を整備したいと思っているんです」

僕がそう言うと、一瞬鴨川さんの目の奥が揺れたように見えた。


「決して迷惑はおかけしませんし、土地を荒らすわけでもありません。

ただ、あの場所を復活させたいだけなんです。

機械も使いません。

自分たちの手だけで耕して、桃の木を再生してもいいでしょうか?」

必死になって僕は言った。

どうかお願いです、そんなに無理な話ではないでしょう。

「ええよ。好きにせい」

鴨川さんはすぐにそう言った。何の感情もこもっていない声だと思った。

「えっ、よろしいんですか?」

一応念を押してみた。鴨川さんは頷くだけだ。

「ありがとうございます、ではお言葉に甘えまして」

横から慶がそう口出ししてきた。おい、そんな言い方じゃ気を悪くするじゃないか。


「お前さんがなぁ。どうしてくれるのかなぁ」

そんなことを鴨川さんはつぶやいていた。

何だか拍子抜けしたが、OKがもらえればもう問題ない。

これで計画通りに進められる。

みんながお礼を述べても、鴨川さんは無関気味のままだった。

それどころか、最後に釘を刺された。

「わしに相談する時はよっぽど困った時だけにせいよ。

若い衆が四人もいるんだから自分たちで何とかせい」


痛い。なかなか厳しいことを言われてしまった。

何しろ僕たちはズブの素人だから、実は鴨川さんの知識を期待していた。

でもそう言われた以上は仕方ない。

なんとか自分たちだけでやってみよう。

本当に困った時は相談すればいい。


それにしてもあっけない返事だ。

もう興味をなくしたのか鴨川さんはテレビを見始めている。

あの土地はそんな大切じゃなかったのかな。

数ある土地のうちの一箇所に過ぎなかったのかな。

丁寧にお礼を言って鴨川さんの家を後にするともう四時を周っていた。

美夜子の時間があるからそろそろ帰らなくてはいけない。


「これで大体イメージできたでしょ?

OKもらったから、あとはひらすら地味な作業だよ。

最初は雑草むしりから。

整備できたら、桃の木を移植する方法を考えて、

最後はちゃんと花が咲くように手入れすればいい。

あとは勝手に育ってくれる」

車へ戻る道でみんなにそう話す。

「先が見えてきたわ。でも、随分話が早くない?

ご実家も地主さんも問題なかったし、それどころか歓迎してくれてた。

あとは桃の木をどこからもらってくるかとかぐらい?」

「うーん、それはまだ考えてないけど、

親とか近所の人とかに相談すればなんとかなるよ。

なにしろここは桃どころだからさぁ」


四季の心配は最もだが、あまり心配してない。

なんとかなるさ。幾らかかるのか知らないけど、

それはきっとなんとかなる。

意外にも美夜子がもう一度老木の場所に行きたいと言い出した。

もうしばらくなら時間があるからみんなで向かうことにした。



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