小説「愛日常」
アルコール 幻




こんなことでいいのだろうか。

人間、そんな無責任なもんじゃないだろう。

みんながどううってことじゃなくて、

みんながみんな、自分だけはしっかりやって欲しい。


「そうかな、」

だから僕は口を挟まずにはいられない。

他人の意見は尊重したいが、できない時だってある。

「人が大した仕事をできない?そんなことがあるのかな」

僕は反対だった。やはり違うと思う。

「人間の可能性は偉大なものだよ。

自らそれを狭めちゃ駄目だ。

それに、僕たちの若さでそんな絶望的なことを言っていてどうするんだよ。

きっとできる、必ず何かできるさ」

「いやぁ、どうかな」

彼は随分あっさりと返す。

「とてもそうは思えない。できる人もいるけど、普通の人はなぁ。

ムリだよ、ムリ。人間にはムリ。人間じゃムリ」

そのつまらない言い分。


「何かしなくちゃ駄目だ。最初から諦めていては何も始まらない。

何かさ、やりたいことってないの?」

「特にないね」

彼は首を振った。彼女も目を伏せたまま何もリアクションをしない。

聞いていない様子でもない。

聞こえているのに無視か。それならこいつも同類だ。

「それは僕だってミュージシャンのようになりたい。

想像力ひとつで小宇宙を創り上げてしまうミュージシャンに。

あの可能性は確かに人間にしては偉大だよ。

でも、僕みたいな平凡な人間じゃ無理だ。

大体、そういう君だって本当は何かをできるって思ってんのかよ?

やりたいことなんてあんの?」


挑発かよ。僕は闘わなくちゃいけない。

「僕にはある!」

「何?」

「僕にはある。

社会人になって消えてしまうどころか、逆に大きくなってきている夢だ。

僕は若い。身体は段々鈍ってきてるが、僕はまだ若い。

若さの証として何かを今、刻み付けたい。

何かをする夢だよ。見返りを求めない夢だ。

何でもいいんだ、方法は。

結果も対価もどうでもいい。

ただ、何かを自分自身の力だけで成し遂げて、

確かに自分は何かやったぞ、っていう実感を得たいだけだ。

何かをすることだよ!」

「何するんだよ?」

「だから、何でもいいんだ!」

「だから!何するんだよ?具体的に!どうせないんだろ?!」

「ある!例えば……」

「例えば?!」

「例えば……花、とかだ」

あぁ。勢いで言ってしまった。


「――花?」

露骨に怪訝な顔をされた。

彼女もおかしなものを見るような顔で僕を一瞥した。

「……そうだ、花だよ。一番シンプルなものだろう?

何もない土地を自分自身の力だけで耕して草花を植えたい。

機械なんて使わずに、全部自分の手だけで花畑を創ってみせるんだ。

どうだ、最高のアイディアだろう?分かるか?」


何だか僕は興奮している。後には退けない。

勢いに任せて一気に言っていた。

そんな真剣に考えていたことでもないのに。

「せっかく五体満足に生まれてきた人生だ、何でもできるじゃないか!

とにかく何かしろよ!何もしなくちゃ始まらない!

頭の中だけで悩んでて何かが変わるのなら教えてくれ!」

「どーせ、口先だけだろ?

自分だって本当にそんなことやる気あるのかよ?

言うのは誰にだってできる。君は空想の人だな!」


本当にふてぶてしい野郎だ。

それに、まるで興味なさそうな顔でこっちを覗く彼女にもいい加減腹が立つ。

「冷めた奴らだな!本当にやるんだから一緒にするな!」

「どうだか。ねぇ?」

男に振られると少女は力なく口元を緩めて冷笑した。

そのやる気のない目の色。まるで僕の言葉が信じられていない。

思わず売り言葉に買い言葉で口を開いていた。


「やる気があるなら来週この時間にここにいてみろよ!

僕の夢を一緒に創らしてやるぞ!

オマエらこそ口先だけじゃないのか?!」

自分で言ってて何だか恥ずかしくなってきた。

僕はこんなに非現実的な夢を持った男だったのか。

なんだか今日の僕はおかしい。

でも今更口は止められない。

「とにかく若いんだから何かやろうぜ、つべこべ言わずにな!」

そう言うと僕は金を払って店を出た。

あいつらは何も言葉をかけてこなかった。


妙に興奮していた。僕はあの二人の無気力に怒っていたんだ。

大したことをしなくても仕事が成り立つと言ったあいつらが許せなかったんだ。

人間、そういうものではない。やはりそう思いたい。

若さが死んでいては世界は終わりだ。

せめて僕は自分の若さを朽ち果てさせないようにしよう。

僕はやるのだ!必ずやり遂げてみせよう!

急に言葉にしてしまったが、

これは以前からぼんやりとは考えていたことだった。

それが急に今、クローズアップされてきた。

あの自然をこの手で復活させてみせよう。

僕のこの、怠け切った手で。


無性に故郷に帰りたくなってきた。

あの桃畑。学生時代にいつも走っていたあの桃の老木の場所。

幼い僕を豊かに耕してくれた場所。

あの場所を、今の僕の若さで素敵な場所にしてあげられないだろうか。

今までこんな具体的に考えたことはなかった。

勢いに任せて、思いつきでさっきああ言ってしまった時、僕の心はまた震えた。

フルムーンサイクリング以上の甘美な夢を見つけてしまったからだ。


何をしたいのかではない。何のためでもない。

目的はともかく、若さは行動だ。

僕は本気だった。汗を費やして、あの桃園を再建しよう。

それが今の僕の若さの証ではないか。

あんな二人のことなんてどうでもいい。

僕はやる。一人でもやってみせよう。


そんな夢を見ながらアパートまで歩いて帰った。

――夢。これは深夜の夢。

幻を見ていたのだ。叶う筈のはない、アルコールが見せる夢だ。



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