小説「愛日常」
キャバ女




美夜子には分からなかった。

なんで、土いじりなんてしたいんだよ。

土とか、虫とか大っ嫌い。汗かきたくないし、服も汚したくない。


わたしはただお金が欲しいだけ。

めんどくさいのはヤダ。カレシや友達と遊ぶ時間だけが楽しい。

仕事も、言われた以上のことなんてしない。

時間だけあげるからお金を頂戴。

時間と交換。時間なんて幾らでもあげる。

お金を頂戴。車が欲しい。


金曜になると、昼間からビールを飲んだ。

仕事は入れていない。そのくせ、あのBarに行く気はなかった。

心のどこかでは行きたいと思っている自分自身を認めようとしなかった。

缶ビールを開けるとベッドに寝っ転がる。


親は構ってくれない。

仕事のことも知っているくせに、強く言えない父と母。

それがイヤ。うるさいことは言われるのもヤダけど。


でも、何も言わない親の弱さがもっとイヤ。

どうして強く叱ってくれないんだろう。

昔は違った。まだ小さかった頃は父も母も厳しかったのに、

高校生になったぐらいから、わたしが黙っていると何も言ってこなくなった。


それが都合良かった。高校の頃はよく外泊もしたし、ハデな格好もした。

でも何も言われなかった。今でもそれが続いている。

わたしがキャバの店で働いていることも知っているくせに、何も言わない。

よくもまぁ、自分の娘がキャバクラで働いていても黙っていられるもんだ。

だから、わたしのことなんて興味ないんでしょ。

こっちだって親に頼らない。

お金とか家とかはしょうがないけど、後は親なんかに何も頼らない。


部屋でひとり、ビール飲んでる姿なんて誰にも言えない。

今日はカレシも休みじゃないし、わたし、どうして休みなんてとったんだろう。

行かない。わたしは行かない。そんなヒマなことしてられない。


酔っ払ってベッドで寝返りを打つ。

近所のガキの声がうざい。赤ちゃんとか最悪。

天井が見える。あいつは呑気でいいなぁ。

何も考えない白い天井のようになりたい。

カレシと二人で見る時には全然興味ないのに、

こうして一人で寝ていると天井って結構カワイイんだ、って思えてくる。

――行かないから、絶対に行かないから。


しばらくして、美夜子は自分が寝ていたことに気が付いた。

いつの間にか時計が二時間も飛んでる。

美夜子にとって、時間はどうでも良い存在だった。

何を感じるわけではなく、それはごくありふれたもの。

安全や空気や水と同じように、いつでもどこでもタダで手に入るものだった。

家に居てもつまんない。親に黙って外に出た。

でも違うから。あのBarに行くためじゃないから。それははっきりさせとく。

チャリに乗って駅前の本屋に向かった。

立ち読みでもしよう。読みたい本なんてないけど、なんとなく。なんとなく。


駅前の本屋は遅くまでやってるからいつも結構人入ってる。

立ち読みばっか。ファッション誌を手に取った。

いいなぁ、わたしもこういうカワイイ服着て渋谷に行きたい。

カレシにもこういう服を見せたいし。

でもお金足りない。入ったばかりでまだ初給料ももらってない。

買いたい物だらけ。無駄遣いもできないし。

お金を貯めて車を買うんだから。そのために働いているんだから。


カレシのバイクのタンデムシートに

乗って出かけるのもいいけど、やっぱり車がいい。

カレシは専門学校に入ったばかりで、

まだバイトも見つかっていないからお金はないし、

車なんて普通に無理。


キャバで働き始めたことは黙っている。

深夜の工場で部品組み立てのバイトだって言っておいた。

心配してくれてるのがちょっと嬉しいかな。

絶対にバレたくない。

キャバって知られたら絶対にあいつはキレる。隠し通すつもり。

ふと雑誌から顔を上げた時、イヤな奴を見た。

昨夜店に来たオヤジだ。

酒が入ってきたらヤラしい手つきで触ってきた汚いオヤジ。

目が合うとヤバイ。逃げよう。


雑誌を置いて出ようとした時、オヤジと視線が合った。

ヤバイ。早く出よう。

オヤジもこっちに歩いて来るのが見えた。

美夜子は早足で店を出た。なんだよ、あんなに酔ってたのにわたしを覚えてるんだ。

ヤな奴。知らないフリすればいい。

後ろを振り向かずに、美夜子は駅の方向に早足で歩き出した。

あぁ、イヤ。お願いだから話し掛けないでよ!


「――ユミちゃん?ユミちゃんでしょ?」

そんな声が聞こえた。今歩いているわたしはユミじゃない。

そんな人は店の外を歩かない。

だからほら、わたしじゃない。

「――ユミちゃん、ユミちゃんたら、服変えても分かるよ。

ほら、昨日の。覚えてるでしょ?」

知らない。昨日と一緒にしないでよ。美夜子は無視して足を早めた。

「ほらぁ〜、やっぱりユミちゃんだ。分かるって」

オヤジはすぐ横で顔を覗き込んできた。キモい。ムリ。

「違います。ごめんなさい」

下を向き、そう言って過ごそうとした。

「冷たいんじゃな〜い?またお店行くからさぁ〜」

何だよ、何が言いたいんだよ。シツコいんだよ。

「ごめんなさい」

そう言ってやり過ごそうとした美夜子の腕が、オヤジに掴まれた。



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