小説「汗と無力感」2話

十代の頃




いつも予約で一杯のその宿も、幸運なことにキャンセルが出て昨日僕は予約できていた。

この谷底唯一の宿での夕食の時間は楽しかった。

みんながあの大冒険をくぐり抜けてきた人たちだから、みんなが仲間のようになり、

僕もその仲間に入れてもらい、とても楽しく会話をし、笑い、食べて眠った。


翌朝は五時起きで谷底を上がる。帰りのほうがはるかに辛い。

あの砂漠を歩いたうえに、最後の崖は千三百メートルの山をひとつ登るのと同じことなのだ。

太陽が昇って暑くならないうちに距離を稼いでおこうと、みんな朝早くから出て行った。


挫けることなく、僕は我武者羅に歩いた。

周りの景色を楽しむことよりも、自分の身体をいかに早く動かすかに命を注いでいた。

十代の僕の関心はあくまで自分自身だけだった。

僕の身体の強さは本物だった。

途中で誰にも抜かされることなく、そして平坦な道を歩くかのようなスピードのままで

砂漠を抜けると、最後のグランドキャニオンの崖もそのまま登りきったのだ。


受験勉強中のブランクにもうさび付いてしまったかと思っていた。

川辺を走ったぐらいで再生したとは思ってもいなかった。

ところが、僕の肉体はしっかりと生きていた。

そして眩しいぐらいに輝いた。

この時初めて、素晴らしい可能性を自分の身体が秘めているのだと僕は知ったのだ。

遠い存在だったはずのグランドキャニオンを僕は自分自身の力で克服してみせた。

それは栄光の時であった。

それまでの自分には決してなかった、必死の行動の成果であった。

人生で初めて全情熱を注いだ冒険であった。


あの大冒険を通して僕は行動力を身につけた。

何よりも自信を得た。

それまで無力で無気力だったこの僕が、ようやく自分なりの行動力と意思を手にした。

あれが僕の人生の転機だった。

グランドキャニオンの谷底を登りきった時、僕という若い樹の芽がようやく息吹き始めたように思う。

もっとも、すぐに無力感を払拭することはできなかった。

十代の僕は常に無力感のなかにいた。

だが、あのグランドキャニオンの熱風のなかの汗から何かが始まったと思う。

それから僕の人生はゆっくりと、変わっていった。





十代から二十代を過ぎ、今は三十の声を聞いた。

あらゆる面で今のほうが居心地が良い。

我ながら、これまでよくやってきたと思う。

払った努力の代価として、今の豊かな生活を手に入れた。

幾つかの忘れがたい恋をした。

仕事だって任される様になった。

社会人として一通りの知識も得た。

金はある。欲しい物は手に入る。

もう、あの頃のように無力な男ではない。

強がりではなく、今は心からそう思う。


時々思い出すことがある。

今の僕にあの頃を越えられないものはないが、

たったひとつだけ、できないものがあるように思うのだ。

あの汗だけは、今はできない。

そこだけが、まるで奇跡のようだ。

あの土臭さ。グランドキャニオンの谷底を這い蹲りまわった時の、

あの我武者羅で、向こう見ずで、先走ったような若さだけは、今の僕にはできない。


もしも今、同じことをするようになったとしても、ああいうルートで目的にたどり着くことはないだろう。

もっと効率の良い、洗練された方法を選ぶことだろう。

いや、今のほうが一般的に優れているのだ。

ただ、今はあれをしないだけ。

恐いから、できないからしないのではない。今はその必要がないからだ。

あんなに必死で、自分自身を削るようなやりかたをしなくても、

同じ結論に辿り着くだけの社会的能力を今は獲得しているのだ。

無力だった十代の僕とはそこが決定的な違いであろう。


だが、僕はあの思い出に跪く。どうして、あんなに輝かしいのだろう。

あの汗臭いやり方がどうして、こんなに眩しく思えてしまうのだろう。

今振り返るたびに、僕は暑い陽射しを受けて

照り返しを続ける夏の海原のような揺れを感じぜずにはいられない。

まだ何も定まっていなかった混乱の時代の、なんとも輝かしい揺れである。

今の汗は違う汗だ。もっと利巧で、もっと汗臭くない汗だ。

無力感を克服した今の僕に届かないものはないが、あの奇跡のような汗だけは二度とできない。


まさに、十代は無限の可能性に満ちた時代であった。






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