小説「変身願望の女」2話

いざなぎさん




ケンとの遠距離は、もう2年も続いている。

この生活って永遠なのかな。

ケンの傍で一緒に笑って過ごせる毎日がまた訪れるとは、とても思えないから。


仕事で淡路島に長期滞在していたケンが、毎日ランチを食べに来ていた喫茶店に、

当時私は勤めていたの。

顔見知りになって、友人たちとみんなで出かけたバーベキューとかあったけど、

次第に、ケンと私、ふたりだけで出かけるようになっていた。


ケンと手をつないで歩いた夕暮れの海辺。

早い夏の日差しに汗ばむと、潮風が乾かしてくれた。

目立って何があったわけじゃないのに、あんな幸せな時間はなかった、

って思えてきて、どうしても心から離れない、大事な思い出になっている。



私、今は一人で空を飛んでいるみたい。

雲の合間から、たまにケンという太陽が差してくれる時があるけど、

それも数カ月に数日のこと。

また一人の雲の中に包まれる時間がやってくると、陰気に沈んでしまう私がいた。


もう我慢ができないんじゃないかな、っていう時もあって、

ケンにそれをぶつけても困った反応をさせてしまうだけだから、

なんとか胸の内に呑み込んで、いつか一緒になれる、

きっとなれると自分自身に暗示をかけるばかりだった。


こんな私は、自分でもキライ。

疑心暗鬼になって、自分のことを自分でも信じられないなんて、私じゃない、私じゃない。

そう、私じゃないよ。


そうした嫉妬とか寂しさがピークに来ていた時、気まぐれにいざなぎさんで

おみくじを引いたら、大吉が出た。

やったぁ☆と喜んでいたら、こう書いてあるところに、心の線がひっかかった。


「こころをすなおにし、身もちを正しくすれば、

ますます運よろしく何事もおもうままになるでしょう」


ドキ、っとしたじゃない。

心を素直に?身もちを正しく?

本当の気持ちに嘘ばっかりついていて、自分のことが好きになれず、

心も身体もバランスを崩しがちな私のことが、見透かされている。


まさか、あの計画を、実行に移すしかないの?


恋愛は「思い通り 大吉」、待ち人は「来る 早いでしょう」。

なんか素晴らしいじゃない、明るい未来を予言しているような言葉。


突然だけど、私、やろうと思った。

今のままじゃ、ムリ。

思いきったことをしないと、私、自分のことが大嫌いのままだから。


降って湧いたきっかけが、私の背中を押してくる。

私はもう逃げようともせず、心を素直に、身みちを正しくしようと心に決めた。





その場でケンにメールを送る。

「ケン、お願いがあります。私、今の自分がキライ。

このままじゃあなたに好きになってもらえないと思うから、変身します。

半年ぐらい時間を頂戴。必ず戻ってくるから、連絡しないで。私のこと、信じてくれる?」


しばらくして、ケンからは返事があった。

「美香、何かあったの?今のままでも十分好きだよ。変身なんてしなくてもいいよ」


ありがとう、優しい言葉ね。

でも、私はもう変身するって決めたんだ。

だから、ケンにあと一回だけ返信して、メールを送ったらメルアドを変え、

着信拒否もして、一切連絡が取れないようにする。

「ケン、ありがとう。でも私は変身するよ。当面は連絡がつかなくなっちゃうけど、

私、必ずまた戻ってくる。信じて。ねぇ、ケン、大好きよ。

だから、私のこと信じてね」


本当にメルアド変更をして、ケンの番号は着信拒否。

いざなぎさんにも当面は来ないと決めて、自分を追い込んでみる。

いざ、波の彼方へ旅立つ用意はできた。

私はここから新しくなる。


帰り道、淡路の夕陽が私の出発を祝福してくれているように、オレンジに輝いていた。



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