小説「変身願望の女」1話

変身願望の女




遠距離恋愛がこんなに大変だって、私、知らなかった。


彼からの連絡はちゃんと来る。

私の気持ち、彼のことを想う心にも変わりはないけど、やっぱり、一人は寂しい。


寂しいよ、寂しいの。

色付きの葉を冬風に持ち去られた木立のように、私の心は感情を失っている。

いいえ、そんなキレイな言葉で表したら、本質を見誤っちゃう。


遠距離恋愛の寂しさは、踏み曲げられて道路脇に投げ捨てられた空き缶のように、無惨なもの。

一人で過ごす週末は、心の中が寂寥に吹き荒れて、

乱れて、乱して、乱されて、もう狂ってしまいたいぐらい。





彼が浮気していないか、心配。

どこかの女を抱いているイメージなんて、絶対イヤ。

そんなことあるわけないのに、朝の洗顔中とか、昼休みのぼーっとした時間、

寝付く前にも、ダメな妄想が瞼の裏にチラついて、治らない病気に憑かれているみたい。


嫉妬のスパイラルに入ると、私の渦はどこまでも高く積み重なっていく。

彼からの連絡がちょっとでも途絶えたり、占いでちょっとネガティブな言葉があったりすると、

精神は揺れ、息が苦しく、体温も下がりっぱなし、私なんてもう使い道のないダメ女になる。


そんな私を癒してくれる、お気に入りの場所がある。

淡路の実家から職場の途中にある、いざなぎさんという神社。

正式には伊弉諾神宮って言って、日本書紀に出てくるイザナギの神に由来する、

それは由緒正しい神社だよ。


いざなぎさんとの会話が、私に平静を与えてくれる。

いざなぎさん♪いざなぎさん♪とポップミュージックのように

口ずさみながら鳥居をくぐる時が、私の幸せタイム。


音がイイよね、音が。

「イザ」には、いざ鎌倉!みたいな力強さを感じるでしょ。

「ナギ」には、草原を風が凪いでいく時の透明感があるし。

ふたつを足し合わせて、「さん」という親しみのある敬称で呼んでみると、

なんともキレイな言葉になるから。

音に出して呼んでみてよ、いざなぎさん、いざなぎさん。

そのうち、いざなぎさん♪いざなぎさん♪と、節をつけて歌いたくなるもん♪


イザナギっていう言葉は、どこか異文化風だよね。

中国かインドの現地語の音に、大昔の日本人が漢字を当てはめて作った言葉って

沢山あるけど、イザナギもそのひとつかな。

二千年ぐらい歴史のあるクラッシックな名前だけど、

やっぱり今聞いても新しい言葉だと思うから、私はいざなぎさんに憧れるばかり。


いつもピカピカの5円玉を準備して行く私には、いざなぎの神様もちゃんとお話してくれるんだよ。

って言っても、拍手を打ってから3分でも5分でも、

いつも私から一方的に色々なことをずっと話しているだけだけどねー。


それから境内の軒下に座って、私は心の中のいざなぎさんと会話を続ける。

日本の国産み、神産みの男神であるいざなぎさんと交信するわたしは、

その妻であり、女神である伊弉冉・いざなみの現代の生まれ変わりだったりして?


そんな感じで、ぼーっと過ごすいざなぎさんでの時間が、私の仕事帰りの日課になっていた。

人気の少ない神社に長居する女一人、傍から見ればちょっと異様な光景でしょうね。

木々に包まれて夏でも涼しいのはいいけど、

蚊に刺されるのと、土埃が多いのがちょっとした困りごと。



いざなぎさんの帰り道、淡路の美しい夕陽を浴びて運転していると、

なんだか神話の世界に漂っているような気持ちになる。


瀬戸内の波風は、穏やかだと言う。

鳴門の渦のイメージをお持ちの方は、淡路の海は荒々しいと思っているでしょうけど、

凪ぐことの多い淡路の海だもん、それは温暖で、心地よく、誰でも労わってくれる優しい海よ。


淡路には大きなショッピングモールとかもなくて、生活するには物寂しいこともある。

でも私は、いざなぎさんと夕陽、このふたつの淡路の宝物を愛でて、

一人の毎日を過ごしていた。


一番の宝物である彼が側にいれば、もう何もいらないぐらいの幸せなのでしょうけど。



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