小説「信長インパルスプル」

インパルスプル




織田信長が、ノースフェイスのインパルスプルを選んだことが、桶狭間の戦いの勝因。


今川義元軍25,000人に対し、織田信長軍はわずか2,500人。

10倍の兵力差を逆転させたのは、
インパルスプルの70gの軽量性と撥水性


今や歴史の定説となったこの事実を想う度、

織田信長のアウトドアセンスと、それを見事に具現化させたインパルスプルの機能に驚く。




(写真@ スタンダードに、正面から魅せるインパルスプル)



西暦1560年、今川義元が攻め込んでくるという一報を受け、

尾張清州城の織田信長は、家臣たちと戦略会議を開いていた。


戦の勝敗は兵力差で決まる。兵の士気で逆転できるのも1.5倍まで

今川義元が本当に25,000人を率いてこれば、我が織田家に勝ち目はない」

科学でモノを言う信長から、最初から言い切られては反論の余地がない。


「殿!敵は駿河・三河の烏合の衆、我が織田家は精兵揃い、負ける道理はない!」

柴田勝家や前田利家ら武勇の将らは、血相を変えてそう言い放つ。

「お言葉ではありますが、
問題はそうした士気より、どういう方法で勝つかでござる

さすがの柴田殿とて、自分の体重の10倍もある相手には歯が立たぬというもの」

「何をぬかす、サルが!今までどんな相手だろうが、我が渾身の槍で討ち取ってきた!

臆病風に吹かれたなら、さっさと尻尾を巻いて後陣に下がれ!」


家臣たちの議論をしばらく黙って聞いていた信長が、ようやく口を開く。


よいか、最後に勝つのは我が織田家じゃ

要は、お主らのその鋭い槍働きをどこで発揮させるかでな。

1週間後に全てを決める。皆それぞれ、情報入手を急げ。

柴田勝家や前田利家はどれだけ兵を集められるかを、

簗田政綱は敵軍の配置と地形・気候を徹底的に洗い、

サルはノースフェイスの在庫を調べよ。

急げ、この1週間の情報が織田家の命運を左右するぞ

そう言うと信長は足早に去っていった。




(写真A 戦国武将風に、城砦に立って考え込むインパルスプル)



1週間後、再び重臣たちが集まった。

「殿、兵力は最大3,000、守備に500残すとして、攻めは2,500」

「槍と鎧は3,000以上、馬は500」

「今川軍の配置は、先鋒に10,000、別動隊が10,000、本陣に5,000」

「以前に全兵士へ支給したノースフェイスのブーツは予備500あり。
 
大半の兵がブーツを持参する見込みゆえ、草鞋で戦う兵なし」


報告を聞いた信長は、大きな紙にそれぞれを書き出していく


「敵の層が厚い。先鋒と別動隊に10,000づつということは、

尾張内の城砦をひとつずつ陥落させていく作戦じゃ。

時間が経てば、味方の城砦を完破された後、

清州城は25,000の大軍に取り囲まれることになる。

多勢の王道戦法を敷いてきた今川義元にぬかりはない。

だが、わしは既に勝機を見つけておる!

皆の者、3日後に出陣するぞ、それぞれ支度にかかれ」


信長は柴田勝家や前田利家へ、兵の調整具合を細かく確認・指示する。

簗田政綱へは、特に敵本陣の配置と、周辺の天気・地形の精密調査を命じた。

最後にサルを近寄らせると、小声でこう伝える。


「季節は梅雨、とりわけ尾張は雨が多い。

今川軍の大半は、気候が温暖で、雨の少ない駿河育ち。

大雨に紛れて気配を消し、今川義元本陣を急襲する。

その際、
我が兵には鎧ではなく、インパルスプルを着せよ


サルは飛び上がって驚き、信長の真意を確かめるべく、口を開いた。


「殿、ノースフェイスのインパルスプルは完全防水ではありませんぞ」

「よいのじゃ、
防水でなくとも撥水で十分、それよりもインパルスプルの70gの軽さを選ぶ

敵の20kgの鎧が、大雨を吸ってますます重くなったところにこそ、我々が付け込む勝機がある」

「しかし、インパルスプルの数とて、到底2,500もありませぬ」

「いや、ある。よいか、サル。

熱田神宮には、わしが以前から密かに備蓄しておるノースフェイスグッズがある。

完全防水のマウンテンジャケットと、インパルスプルがそれぞれ3,000だ。

よいな、今回は軽量優先で、インパルスプルを選ぶ。

出陣した兵を熱田神宮に立ち寄らせるゆえ、余すところなくインパルスプルを配れ」


「なんと、貴重なインパルスプルを全ての兵へ配るのでござるか?

後で回収しようとしても、恐らく回収はできませぬぞ」


「よい。
インパルスプルの特長は、軽量・撥水に加えて、廉価ということじゃ

完全防水のマウンテンジャケットが4万円はするところを、

インパルスプルは1万円以下、2,500人×1万円なら2,500万円、

これならまだ、織田家の財布から拠出できる金額ぞ。

この度の戦さは、とにかくスピードが生命

雨を吸った鎧を着て、鉛のように鈍い今川軍に対して、

我々織田家の将兵は軽量・撥水のインパルスプルで戦うのだ」



織田信長が幼少の頃から「うつけもの」と呼ばれていたのは、

ノースフェイスのアウトドアグッズばかりを着ていたから。

当時の民衆から見れば、ノースフェイスのファッションは奇抜極まりない。

しかし、
それは機能性を確かめるための実用的な習練

信長はノースフェイスの数あるジャケットの違いを熟知していた。




(写真B 急襲して刀を抜くインパルスプル)



あの有名な桶狭間の戦いは、こうして行われたのである

織田信長は今川軍25,000の正面から戦を挑むのではなく、

総兵力2,500を一点に集中させ、大雨の機会を捉え、

驚異的なスピードをもって、5,000と手薄な今川義元本陣だけを狙った。


急襲直後の時間帯だけではあるが、

雨を撥ねるインパルスプルで身軽、士気の高い織田家2,500と、

重い鎧を雨に鈍らせ、まさかの敵襲で混乱した今川義元本陣5,000では、

倍の兵力差があるとはいえ、
明らかに織田家の勢いが今川軍を圧倒していた


この唯一無二の機会を逃すことなく、柴田勝家・前田利家らの織田家の精鋭部隊が

本陣を取り囲み、敵の援軍が来る前に、見事、今川義元を討ち取ったのである。



言葉にするのは簡単だが、実現させるのは容易なことではない

桶狭間の戦いの勝敗を分けたのは、

アウトドア戦国武将である織田信長のセンスを具現化させたノースフェイスのインパルスプル。


軽量性・撥水性・廉価を合わせ備えた
インパルスプルなしには、

織田信長が今川義元の大軍を破ることはあり得なかった
、と後の歴史家らは口を揃えたのである。


こんな桶狭間の戦いの真実、あなたも信じてくれるのだろうか?





(写真C 勝利し、みんなでエイエイオーするインパルスプル)





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