小説「夏侯覇仲権」2話

夏侯一族




「――子雲、惇伯父がお呼びだよ!」

入って来るなり仲権が大声を出した。

「――なんだ、騒がしいな」

居眠りをしていた子雲が寝返りをうってそっぽを向く。

「惇伯父が呼んでいるよ!」

「どうせまた弓の訓練だろう。同じことばっかりだ。嫌だよ、僕は」

「もう!いつも寝てばかりじゃないか。起きなよ!」

「嫌だって。君一人で行ってくれ」

子雲は起き上がろうとしない。仲権がむくれて腕組みをする。

「仲権、淵小父が先生なんだから君は行かなくちゃいけないぞ」

「起きてよ!惇伯父がいつもと違ったんだ。

それに一杯人が集まっていた。弓じゃないと思う。

別の大切なことだよ、きっと。ほら、行くよ子雲」


そう言われるとようやく子雲が立ち上がって服を着替えだした。

その背中に向けて仲権は言葉を続ける。

「でも、何だろうねー。ねぇ子雲、何だと思う?」

着替えを終えた子雲は、黙ったまま部屋を出る。

慌てて仲権が後を追った。子雲は後ろも見ずに広い家をどんどん歩く。

そのまま惇伯父の部屋ではなく庭に出て、茨の中をかきわけて塀の隙間を通り抜けた。

仲権も黙って付いて行く。


「子雲!また怒られるよ!僕は知らないぞ!」

家を出てさらに歩いて行く子雲に仲権が言う。

「仲権、君も本当は嫌なんだろう?それに、付いて来たからは同罪だからな」

また振り向かずに子雲が返事をした。

「僕は君を連れて行くのが役目なんだ!後でちゃんと惇伯父のところに連れて行くよ!

逃げないように見張っているだけだぞ!」

そうは言いつつも仲権は大人しく後に続いた。

確かに惇伯父は怖い。でも子雲と一緒にいる方が好きだった。

二人はそのまま歩き、午後の穏やかな日差しの中、冬空の草原を横切って行った。



――時は西暦百八十九年、中国は予州沛国・陳留。

二人の少年は、この地方の豪族夏侯家の子である。

家長を務めるのは夏侯惇、字は元譲。

その従弟の夏侯淵、字は妙才と共にこの地区で一大勢力を築き上げていた。


少年の一人は夏侯惇の腹違いの弟で夏侯恩、字を子雲という。

もう一人は夏侯覇、字は仲権で、夏侯淵の長男である。

子雲は仲権の叔父にあたるが、父親が年をとってもうけた腹違いの子供なので、

仲権とは歳がひとつしか離れていない。

二人は幼い頃からいつも一緒に育てられていた。

子雲はまだ六歳、ひとつ下の仲権は五歳。

数千名の私兵を擁する夏侯一族の子である二人には

武芸の英才教育が施されているのだが、天邪鬼の子雲は無理矢理教え込まれるのを嫌がった。

仲権は生まれつき素直な性格だが、父や伯父よりもこの兄貴分の子雲と一緒にいることを好んだ。





二人の少年は近くの川まで歩いた。

幅は狭く流れも急ではない川で、いつも二人の絶好の遊び場になっていた。

川の真ん中に小さな島がある。

そこに二人の足ぐらいの太さの朽ち木が生え残っていた。

「おい、仲権!あの木を倒してやろうぜ!」

そう言って子雲は足元の石を投げ始めた。

なかなか当たるが、子供の腕力では大したことはない。石は木に弾かれてしまう。

「子雲、全然倒れないよ。無理だよ、無理。あんなの倒せないって!」

「君はいつもそうだ!そうやってすぐに当たり前なことを言う。

あのぐらい倒せないで夏侯家の男子だとは言えないぞ。

ぼーっとしてないで君も手伝ってくれよ!」

「分かったよ、それじゃぁ、倒したら惇伯父のところに行くからね」

「倒したらな!早く倒せよ!」

「よぉ〜し!」

子雲と仲権は夢中になって石を投げつけた。

小さな石が風を切って川面を通り過ぎる。

仲権の石はなかなか当たらない。当たったところでびくともしない。


次第に薄い暗闇が辺りを覆い始め、鳥が棲みかへ飛び立つ。

二人の子供はまだ投げ続けていた。木は倒れていない。

ふと、子供たちが腕を振り続けている川辺に、蹄の音が聞こえてきた。

「こら〜ぁ、子雲!仲権!やっぱりここにいたか!

何をしておる!元譲がかんかんだぞ!来い!行くぞ!」

淵が馬を飛ばしてやってきた。父の姿を見て仲権は身を竦めた。

子雲は淵の声が耳に入っていないかのように石を投げ続けていた。

「子雲!仲権!おらぁ、早く来い!!」

気が短いことで有名な淵の声が、荒立ってきた。

すると子雲がまた後ろを振り向かないで大声を張り上げた。

「小父上!あの木が倒れないんです!」

「あぁ〜?!お前ら子供の腕で倒せるか!見てろよ、小僧ども!」


淵は鞍にかけてある愛用の強弓を手に取ると矢を番え、木を目がけて引き絞った。

木までの距離は百歩近くある。

「――はっ!!」

気合と共に淵が放った矢はぶうん、という振動を立てて辺りの静寂を切り裂き、

鮮やかな矢道を描いて木に突き刺さった。

鈍い音がすると木はゆっくりと後ろに傾き出し、大きな水音と共に川の中へと沈んでいった。

「はっはっは!!どうじゃぁ、わしの神弓は!

おい、子雲に仲権!お前らも早くこのぐらいまでに腕をあげい!」

馬上の淵が豪快に笑った。

「小父上!さすがです!!」

満面の笑みで子雲が振り返った。別人のような素直な表情。

子雲はこの豪快な小父のことが大好きだった。

仲権も笑って父親の元に駆け寄った。

「ほら、仲権!乗れ!子雲、早く来い!」

淵は大きな手で仲権の身体を抱き上げ、鞍の前に乗せた。

遅れて寄ってきた子雲も一緒に前の鞍に座らせる。

「全く、こんな季節に外でうろうろしおって!捜すほうの苦労も考えろ!」

そう言って走り出した淵は片手で手綱を捌きながら、もう片手で二人の身体をさすった。

そして子供たちをあやすように馬を遊ばせながら走らせた。

左右に揺れて走るのが面白くて、子供たちは大喜びしている。

淵はまた豪快に笑った。

三人を乗せた馬は、大きな屋敷の方角へと走り去って行った。



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