小説「夏侯覇仲権」2話

三国志 英雄 曹操




正門を通り過ぎ、屋敷の前で馬を降りる。

今日はやけに兵番が多いな、と仲権は思った。

知らない顔の兵も沢山いるし、馬屋からはかなりの数の嘶きが聞こえる。

どこからかでも来ているのだろうか。

馬番に手綱を預けると、淵は両手にしっかり二人の子供の手を取って、屋敷の中へ入った。

「おい、仲権。僕たちは投石の練習をしていたんだぞ、いいな?」

そう子雲が小声で合図をしてきた。仲権は父に隠れて小さく頷いた。

ふと父を見上げると、父は真剣な顔になっていた。

夏侯家の副将である夏侯淵妙才の精悍な顔つきに変わっている。

いつもとは何かが違う。仲権は改めてそう思った。

子雲もそれに気が付いたのか、淵に手を引かれるまま黙って歩いた。


大広間に行くと、そこには夏侯一族の男子が勢揃いしていた。

既に引退したはずの子雲の父もいる。

夏侯家だけではなく、曹家の部将もいた。

曹仁と曹純の兄弟に、曹洪もいれば、先主の曹嵩もいた。

この陳留一帯は、曹家と夏侯家の一族が牛耳っている。

曹家は、前漢時代の名宰相・曹参の子孫である。

夏侯家も同じく前漢の名将・夏侯嬰の後裔だ。

曹家の先々代、曹騰は宦官で中常侍まで務めた。

その息子曹嵩は夏侯家からの養子である。

両一族は助け合いながら、この一帯で勢力を広げてきた。


座の奥には両族の長、夏侯惇が腕組みをして起立していた。

誰を見るのでもなく、正面遠くをじっと擬視している。

威圧感が重苦しい。

ただでさえ大男で厳つい風貌の惇は恐いのに、黙って仁王立ちされてはどこにも取り付くしまがない。

二人の少年たちは黙って下座についた。


淵が惇の脇に座り込むと、ようやく惇が口を開き始めた。

「諸君!本日はわざわざのお越し、感謝する!」

相変わらずこの伯父上も父以上に声が大きいな、と仲権は肩をすぼめた。

一族の年長者にだろうと曹家の人間にだろうと、惇は誰かまわず自分の気性で話をする。

このびりびりとした声でやられては誰だって気を呑まれてしまう。

「今日は夏侯家だけではなく曹家の諸兄方にも急遽集まっていただいた!

それは、遂に我々が飛躍すべき時が来たのを皆で喜ばんがためである!」

緊張感。誰も口を開くことはできない。

「我々はこれまでこの陳留で確固たる基盤を築き上げてきた!

養う兵力は両家合わせて五千に届き、兵は精悍、将は豹の如く、糧秣は満ち足り、

その勢いは天に轟きわたっている!最早予州刺史ですら、我々を制することは叶わない!」

惇はここで一旦口を閉ざした。

そして次は声を抑え、しかし段々に声を熱くして語りだした。

「我々一族には不世出の傑物がいる。曹孟徳である。

二十で孝廉に挙げられ、今や典軍校尉の大任にある。

その孟徳が、洛陽から戻ってきた。

それも、天子から直々に密詔を受け、朝廷にはびこる逆賊董卓を誅する大義を任されているのである!

よいか、諸君!我々は孟徳の元で一致団結し、討賊の兵を挙げる!――孟徳!!」





部屋の後ろから一人の男が入ってきた。

額は広く知性に溢れ、強い意志が籠もった目を持つ白面の青年。

曹操、字は孟徳である。

「我は勅命を奉じて董賊を討つ!

今や都は凶賊どもの巣窟となり、帝は虐待され、民は日々の生活を奪われておる!

よいか、皆の者!我が一族に天命が降ったのだ!

我々はここに挙兵する!我に続け!董卓を討ち、天下に我々一族の名を知らしめようぞ!!」

惇のような大声ではないが、声量があり、良く届く声で曹操が呼びかけた。

すると、一族の者が一斉に立ち上がり、皆が腹の底から声を振り絞って気勢を上げる。

夏侯家の屋敷全体に嵐のような喊声が響いた。


――仲権はその男を見つめていた。

父や惇伯父がよく口にしていた曹操という人物が、この男だった。

子供の頃から兄弟同然に過ごした仲だという。

惇伯父も父も、この曹操のことを語る時だけは妙に嬉しそうで、そして誇らしげだった。

今まで誰よりも強く、誰よりも怖かった惇伯父が自分以外の男を大将に立てた。

そんな男は見たことがなかった。

今まで仲権の中では常に惇伯父が一番の男だった。

子供心にも分かったこと、

それはこの曹操という男が並みの器量の持ち主ではないということだった。

子雲は目の前の曹操という男を怖いと思っていた。

腕力が強いとか、気性が激しいということとは違うところで

人を怖いと思ったのはこれが初めてのことだった。

内面から溢れ出てくる何か強く激しいものが、子雲の幼い心にもはっきり感じ取れていたのだった。


三国史上、最も偉大な英雄がここに立ち上がる。

曹操孟徳、この時、齢三十四であった。



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