小説「夏侯覇仲権」3話

曹操孟徳 英雄




子雲は引き下がらない。惇はうんざりという表情だ。

「この戦こそは恩も連れて行ってくれますね?!」

「駄目だ!まだ早い!」

「いつもそればかりです!いい加減に、今回こそは付いて行きますから!良いですね?!」

「駄目と言ったら駄目だ!しっかりと家を守っておれ!」

強引な子雲の言い方に面倒臭くなったのか惇も声を荒げる。

「そうはいきません!恩は行きます!」

子雲に怯む様子はない。

「子雲!仲権!貴様らにはこの家を守る役目を申し付ける!」

そう吐き捨てると、惇はなおも食い下がろうとする子雲を鋭く一瞥してそのまま部屋を出て行く。

乱暴な足音が去り、子雲と仲権だけがその場に残された。


「子雲、ああなってしまってはもう駄目だよ。

一度言ったことは絶対に曲げない人だぞ、惇伯父は」

唇を噛んで悔しがる子雲に向けて仲権はそう言った。

もう何度目だろう。子雲は惇や淵が出陣するたびに直談判しては、毎回断られている。

「仕方ないよ、僕らはまだ子供だ。

今はせいぜい武芸を磨いておくぐらいしかないんじゃないかな?

それにさ、行ってもきっとまだ役に立たないよ」

仲権は優しい声で慰めようとする。

悔しさに表情を歪めた子雲にそれは届いていないようだ。

「――仲権!君は悔しくないのか?夏侯家の男子として認められていないのだぞ?!」

それだけ言うと子雲は馬屋に向かい、馬に鞭をくれて走り去って行った。


旗揚げから七年。あれから、曹操軍は激動の歳月を過ごしてきた。

反董卓連合を立ち上げるまでは良かった。

檄を飛ばすと各地の諸侯が賛同し、連合軍は十七軍まで膨れ上がった。

氾水関に押し寄せ、董卓軍の勇将華雄を破った。

虎牢関では天下随一の猛将呂布も敗走させた。

しかし、間もなく仲間割れという最悪の事態によって連合軍の士気は落ち、

事実上内部崩壊をきたしてしまった。

董卓は洛陽から西の長安に逃げたが、それを追撃したのは曹操だけだった。

その曹操軍も董卓軍の伏兵により壊滅する。

失意の曹操は残った兵を引き連れ陳留に戻ろうとしたが、

袞州東郡で黒山賊が叛乱したことを聞きつけるとすかさず東郡を平定した。

そのまま太守を自称して居座り、勢力を蓄えた。

今や曹操は袞州全土を支配下に治め、正式に朝廷から袞州牧に任じられるようになった。





曹家の傑物と呼ばれた曹操の才幹は尋常なものではなかった。

諸侯を集めて連合軍を立ち上げた結束力と政治力。

袞州を手中に収めた軍事力。

袞州と隣の青州の豪族や賊から奪った財産を活かす経済力。

そしてなにより、彼には有能な人材に対する強い求心力があった。


曹操の元には綺羅星の如く人材が集結した。

文官では荀彧・荀攸・程昱・郭嘉・劉曄・満寵。

武官では許褚・典韋・于禁・李典・楽進。

もちろん夏侯惇・夏侯淵・曹仁・曹純・曹洪もいる。

曹操は各地に広く人材を募った。

在野の士で呼びかけに応じた者がいる。

それまで仕えていた主を見限り曹操に走った者がいる。

彼らは偶然曹操の元に集まったのではない。

飾らずに才能そのものを愛する曹操の魅力に惹かれたのだ。

曹操の人材に対する熱意が、有能の士を彼の元に集めた最大の理由であった。


人の利を得た曹操に、次は時の利と地の利が味方しようとしていた。

董卓が養子の呂布に裏切られ謀殺されると、

次は董卓の部将だった李カクと郭汜が実権を握り、横暴をほしいままにした。

現実の権力が無くとも、漢の献帝というだけで価値はある。

帝を握るものは天下を握る。

また、帝がいる都を抑えることで地の利も付いてくる。

帝は権力争いに利用され、手中に収めようと軍と軍とが衝突する。

彼らの支配下に置かれることを望まない帝は身ひとつで都を逃れた。

そして護衛の軍を求めることに逼迫した挙句、曹操を招聘した。


何故、曹操に白羽の矢が立てられたのか。

何故、他の将軍ではなく曹操が選ばれたのか。

確かにその半分は帝の侍臣が曹操の名声を聞きつけており、曹操の才覚が期待されたからであった。

もう半分は――ただの運であった。

曹操でなくてはならない理由はなく、

帝ののっぴきならぬ状況を救うことができる勢力であればどこでも構わなかったのだ。

しかし、現実に勅命は曹操に下された。

これこそが、曹操に授けられた強運の力。

そして、天下の英雄に降臨した時の利であった。



戻る←   →進む