小説「夏侯覇仲権」3話

典韋 悪来




ふと、屋敷の隅で腕組みをして矢筋を見ている惇の姿が見えた。

淵が声をかけると、惇は少し躊躇したがうるさく足音を立てて近寄ってきた。

「仲権、子雲はどこだ?」

優しくない声。

「先程馬に乗って出て行きました。よく知りませぬ」

仲権はわざとぶっきら棒に答えた。子雲のためにもこのぐらいの方がいい。

「そうか。――どれ、わしも弓を研ぎ澄ませておかなければな」

そう言うと惇は片肌を脱ぎ、弓を取った。惇の矢は剛直一辺倒である。

淵は力の中にも技が混在しているが、惇は物を破壊するための力だけで矢を放つ。

放った矢は的を豪快に捉えた。何も言わずに二矢三矢と放つ。


「仲権!貴様も戦に出たいと思うのか?!」

四矢目の弦を引き絞りながら惇は大声で仲権に聞いた。

もちろん視線すら仲権に合わせてこない。

本当はこれが聞きたかったために矢を取ったのだろう、と仲権は思った。

子雲のことが余程気になっているらしい。

「伯父上、行っても役に立てないのなら、

今は武芸の研鑽と、家を守ることが務めだと仲権は思っています」

仲権の本心だった。

「そうか!」

それだけ聞くと惇は黙って矢を放った。また矢を番えては放つ。

惇の矢音は重い。弦の引き絞り方から的の捉え方まで全てが豪快である。

理に適った動きをする淵の矢とは対照的だ。

淵の弓術は力より技術が先行しているようだが、的に刺さった矢を見てみると突き刺さり方は深い。

捉えた獲物を確実に仕留める矢だ。

相当の力も込められているのも分かる。

二人の矢は音が違う。惇の音は破壊的だ。

淵の矢は良い音がする。百発百中で良い音だ。

周りに言うにはこの音が淵の高度な弓技を証明しているという。

二人に比べたら仲権の矢などそのまま子供の技でしかない。

弱矢しか射ることができない自分が恥ずかしい。

仲権はいつもその気持ちで一杯だった。





三人の矢がそれぞれの音を鳴らしていると、慌しい馬蹄が近付いてくるのが聞こえた。

庭まで強引に馬が入ってくる。馬上の人は子雲だ。

巨大な戟を懐に抱え込んでいる。

戟を地面に突き刺すと馬から降りて惇に向かって叫んだ。

「子雲は最早子供ではござらぬ!

これは悪来殿から借り受けた八十斤(約十八kg)の鉄戟でござる!

いざ、我が戟術を見られい!」

勇ましい口上を述べると、子雲は戟を薙ぎ払った。

殷の紂王の臣で豪腕の士として知られた悪来になぞらえられた典韋は、

この鉄戟二本を同時に両手に取って紙のように振り回すことができる。

身の丈が九尺(約二百十六cm)もある典韋以外、誰にもできない技であった。

八十斤の戟を十三歳の少年が扱えるわけがない。

足元はふらつき、身体は戟に流されている。

子雲は必死の形相をして、唇をしかと噛んで耐えていた。

三回四回と振り回すと宙を切る戟の線も大きく乱れてきた。

それでも子雲は止めようとはせず、声を励まし己を叱咤して振り回し続けた。

六回七回と薙ぎ払い、もう腕が上がらないぐらいになっても戟を振回し続けようとした。


「それまで!」

惇が割って入って、子雲から鉄戟を取り上げた。

重そうに両手で抱えて地面に突き刺す。

夏侯惇の力でも持て余すほどの鉄戟を、よくもまだ半人前の子雲が扱えたものだ。

「この戟は悪来の命だぞ!どうやって持ってきた?」

惇が問いただすと、肩で大きく息をしながら子雲は答えた。

「悪来、殿から直接、借り受け、ました!勝手に取ってきたものではござらぬ!」

子供好きの典韋だから、確かに子雲に熱望されたら嫌とは言えないだろう。

惇は黙って子雲の目と身体を交互に見つめていた。

ふと、惇と淵の視線を合う。惇が頷くと、淵も頷いた。


「子雲!仲権!戦の支度をせよ!!」

空を見上げて大声でそう惇は言った。仲権と子雲は目を見開いて顔を見合わせた。

「ただし!貴様らは陣の中央におれ!直接槍を持つことは絶対に許さん!

よいか、覚えておけ、貴様らが余計なことをしたばかりに妙才は貴様らの守り役になってしまったぞ!

貴様らのせいで妙才の戦功が台無しだ!」

たたみかけるかのように惇がそう叫ぶ。

だが、気のせいか惇の目は笑っているかに見えた。

淵も厳しい顔つきではあるが頬は幾分か緩んでいた。

仲権と子雲は飛び上がって喜んだ。

抱き合った二人は心からの笑顔を見せた。

夏侯覇仲権と、夏侯恩子雲の初陣がこうして決まったのだ。



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