小説「夏侯覇仲権」4話

孟徳 阿瞞




その夜、両軍の兵士の話は徐晃と許褚の一騎撃ちのことでもちきりだった。

やれ許褚は怖くなって逃げ出したのだと言う者、

いや、あとしばらく続いていたら徐晃の大斧の方が鈍って負けていただろうと言う者。

誰もが興奮して、両雄のことを熱く語っていた。

楊奉軍の中にも許褚の肩を持つ者もいたし、曹操軍でも徐晃の優勢を疑わない者もいた。

そこには自軍・敵軍という域を飛び越え、

二人の勇者たちの戦いに魅せられた武人たちの個人的な声があった。


夏侯淵の軍幕でも二人の若者が興奮気味に話す姿があった。

「――惇伯父なら一刀両断だったかなぁ?!」

「いいや、さすがにそれは無理だろうな!許褚はあの悪来と同じぐらいに強いんだぞ。

兵を指揮するのはともかく、個人技だったら惇小父や淵小父だって敵わないはずだ!」

「父上だったら弓矢があるよ!馬を返す振りをして矢を放てば勝てる!」

「あぁ、勝てる可能性があるとしたらそれだろうな。

でも、どうかな。徐晃だってそんな油断はしないだろうから」

「そうだね。でも、明日はどうするんだろう。

どっちにしてもあいつを倒さない限り先に進めないだろう?

剛力王と悪来が二人がかりになって討ち取るのかな?」

「いや、それをしたら曹軍の恥だろう。二人がかりってのは良くないよ」

「じゃぁ、どうする?子雲、自分が曹将軍だったらどうしている?」

「ん~。分からないなぁ。全然分からない!」

「なんだよ、それじゃ駄目だ」

「じゃぁ!仲権、君だったらどうするんだ?」

「僕も分からないんだ」

子雲と仲権はそこで笑った。





この行軍が初陣の二人にとっては何もかもが新鮮な出来事だった。

夏侯惇の先発隊が李カクと郭汜を迎え撃ったとき、二人は虎牢関の上からその戦いを見ていた。

右と左から軍と軍とが交差し、接触した途端に一方が崩れ去り、

そのまま軍全体が崩壊してゆく様を目の当たりにして声を失った。

まるで何かの生き物のように夏侯惇軍は動き、敵軍を飲み込んでいった。

あっという間に敵軍は四方に逃げ散り、そしていなくなった。

さっきまでの敵の陣地を全て飲み込んだ夏侯惇軍は

しばらくして規則正しく元の位置まで戻り、戦いを始める前の陣形に直った。


軍は生き物だと二人は感じた。

興奮して淵に話すと、二人の背中を大きく叩きながら淵はこう言ったものだった。

「子雲、仲権。お前らは夏侯家の将だ。

個人技も大切だが、その生き物である軍を統率する能力を備えなくてはならないぞ!

せいぜい今のうちに良く見ておけい!」

そう言って淵は豪快に笑った。

結局二人は槍を取って直接敵と戦うことはなかったが、

戦場の空気を吸っただけでも随分と自分が大人になった気がしていた。


「――子雲!仲権!行くぞ!!付いて来い!!」

突然、軍幕の前で淵が大声を出した。

二人が驚いて飛び出すと、淵は既に背中を向けて歩き始めている。

慌てて二人は後を追った。

「父上!何事ですか?」

不安そうに仲権が聞く。淵は構わず歩き続けながら声を張り上げた。

「面白いものを見せてやる!

よいか、孟徳――いや、曹将軍の偉大さを知っておけ!」

仲権と子雲は顔を見合わせる。何のことだか想像がつかない。

最近になって惇も淵も人前で軽々しく「孟徳」と呼ぶことを避けるようになった。

いやしくも帝から司隷校尉に任命された曹軍の総帥を

子供の頃からの呼び名で呼ぶことを遠慮しているのだ。

曹操の威厳を損ねないための配慮である。

もっとも、曹操と一対一になった時や、惇と淵だけの時は相変わらずの「孟徳」である。

酒が入ると、悪童時代のあだ名の「阿瞞」で呼ぶときすらあった。



戻る←   →進む



トップページ小説トップ夏侯覇仲権トップ








Copyright (C) 2003 - Ken Box. All Rights Reserved.