小説「夏侯覇仲権」4話

徐晃 大斧




淵は本陣まで歩いた。帷幕では酒宴の準備がされている。

淵は二人を末座に留めると「黙ってみておれ」と言って、上座の惇の隣についた。

二人は大人しく座っていた。

曹操軍の将や幕僚が一堂に会しているのを見て何事であるかを計り損ねていた。

見ると中央の曹操は喜々とした表情で周囲と話している。

昼間にあれほどの死闘を繰り広げた許褚までもが楽しそうにしていた。

しばらくすると伝令がやってきて「まもなく満寵殿のご帰還です」と伝えた。

それを聞くと場がざわめき、嬉しそうな歓声が飛び交うではないか。

許褚が立ち上がって腰の剣をその場に置くと、丸腰で本陣の入口に向かった。

腕を組み、篝火の横で暗闇遠くを見ている。


そこに、馬の蹄の音が聞こえてきた。

闇から二騎、こちらへ向かってくるのが見える。

一騎は満寵であった。

そしてもう一騎は――あの大斧を抱えた徐晃であった。

徐晃が入口まで馬を進めると、許褚が歩み寄る。

轡を取って、徐晃が馬を下りるのを手伝う。

そして、徐晃と顔を合わせると許褚は豪快に笑って言った。

「徐晃殿!そちは強い!」

「――なんの!許褚殿、貴殿こそ大した剛力だ!」

思いがけない許褚の態度だったらしく、徐晃は躊躇したがそれでもそう言ってのけた。

そして許褚はもう一度笑うと徐晃と肩を組んだ。

許褚が大斧を肩に担ぎ曹操の元へ歩き出す。

肩を組んだ二人は笑っていた。

そんな二人の姿を見ると曹操は立ち上がり、ゆっくりと歩き寄った。


徐晃は曹操の前まで来ると平伏する。

一瞬周囲に緊張が走ったが、すぐに曹操が口を開いた。

「徐晃!お主のような万夫不当の士が我が軍には必要だ!

力を貸してくれまいか?一緒に天下を駆けようぞ!」

親しみの籠もった声で、曹操がそう声をかけた。

「降将の身にかたじけないお言葉。もとよりどこまでもお供する覚悟です」

徐晃は平伏したままそう言った。

その徐晃の腕を曹操自らが取って立ち上がらせ、肩を組んだ。

もう片方の肩を許褚が組む。

「皆の者!我が軍にまた一人、頼もしい仲間が加わったぞ!

皆で祝おうではないか!!」

曹操がそう言うと全員が立ち上がって徐晃を迎えた。

曹操が徐晃に酒を注ぐ。

そして諸将に号令をかけて、ただ一人の新参者のために乾杯をした。

皆が徐晃の元に集まり声をかける。新しい仲間たちに賑やかに囲まれて、徐晃も杯を重ねた。





――仲権と子雲は座の後ろで呆気に取られていた。

「仲権?あの徐晃ってのはさっきまで敵だった奴だよな?」

珍しく子雲が単純なことを聞いてきた。

「――そうだよ。信じられない光景だね」

仲権にも意外だった。

降将をこれほど温かく迎えるとは考えられないことだった。

この時の二人はこれが戦場では当たり前だと思い込んでいた。

しかし後々そうではないと知った時、曹操の元に優秀な人材が集まる理由が、

才能ある人間を異常なまでに愛する彼の性格にあると知ることになる。

これが淵の言った曹操の偉大さであった。


この時の記憶は二人の脳裏に深く刻み込まれる。

結局この初陣で二人が知ったのは曹操という人物の器の大きさだった。

許褚と徐晃の一騎撃ちを止めさせたのは曹操だった。

許褚ほどの猛将と互角に戦う徐晃を見て、彼のいつもの癖が頭を持ち上げた。

どうしても徐晃を自分の軍に欲しくなったのだ。

許褚に加えて典韋を出せば、徐晃を敗走させることも可能だったろうし、

全軍を突撃させれば楊奉と韓暹如き一日で葬り去ることもできただろう。

しかし曹操は徐晃の欲しさのあまり軍を退かせ、諸将に徐晃を捕らえる策を相談した。


満寵が進み出て、自分は徐晃と幼馴染であるので説得してくると献案した。

曹操はその言葉を信じて満寵に一任する。

満寵は徐晃が心ある将であることを知っており、理を説いて曹操軍への投降を勧める。

徐晃とて楊奉や韓暹の大義や将来性については、とうの昔から見限っていた。

だが一度主と仰いだ相手を裏切ることはできなかった。

それだけ彼は信義を重んじる人間であるのだ。


それとは別のところで、本当に自分が輝くことができる場所を探したいという心があった。

義と自己実現の狭間で悩んだが、

楊奉・韓暹との戦いの前面に立たないことを条件として徐晃は投降を決した。

徐晃はこの投降は恥だと思っていた。

自らの都合で主を裏切り、敵対勢力に合力するという典型的な背任行為である。

昼間にあれほどの抗戦をした曹操軍に逃げるのだ。

曹操からは冷遇されて当然だと思い込んでいた。

それがこの歓迎ぶりである。

酒宴の途中で徐晃は歓喜のあまり涙を流して曹操の前に跪いた。

そして曹操のためには犬馬の労を惜しまないことを誓ったのだった。


こうして、曹操は名将に出会った一日目にして、その名将を己に心服させた。

徐晃を失った楊奉・韓暹如き曹操軍の相手ではない。

翌日、逆上して挑んできたが、逆に散々に蹴散らされて逃亡した。

百九十六年、曹操軍は献帝を奉じて許都に入った。

車騎将軍に任ぜられた曹操は董卓や李カク・郭汜とは比較にならない治世を布き、

確固たる中央の勢力を築き上げることになる。



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