小説「夏侯覇仲権」5話

呂布 最強




「――面白いな!わしだよ、この夏侯淵妙才だ!」

その頃、同じ質問を子雲が淵にしていた。

曹操軍の斬り込み隊長は笑いながら答えたが、心は籠もっていなかった。

「小父上、ちゃんと答えてくださいよ、剛力王許褚殿ですか?悪来典韋殿ですか?」

「違う違う、元譲の槍か、わしの弓だ!

いいや、やっぱりわしの神弓だ!わしの矢をかわした奴など今まで誰もいないのだぞ!

そうじゃ、わしが最強じゃ!!」

淵はまた豪快に笑いながらそう答えた。 

「小父上!!子雲は間違えました!小父上と、惇小父以外で最強の男は誰だったんですか?!」

「おう、子雲!いい質問だ。呂布だ!呂布奉先だ!」

子雲の質問が答え易かったからか、淵はすかさず名前を挙げた。


一方、その頃。

「伯父上!教えて下され!誰ですか?誰が強かったですか?」

「おい、仲権!目の前に最強の男をしているだろう?なんだ、その質問は!」

「でも、先程自分より強い敵は必ずいるものだ、とおっしゃったではありませんか!

そんな男は本当にいたのですか?伯父上が最強ですよね?」

「はっはっは!!」

「伯父上!!いないんですね?他に強い男はいないんですね?」

すると惇はこう言い捨てた。

「――呂布だ。あいつだけには敵わん!」


「呂布!!」

「呂布??」

子雲はその男を知っていた。仲権はあまり詳しくは知らなかった。

「子雲よ、強い奴はいる。

よいか、相手が強いと思ったら真正面から向かっていかないもの器量の内だぞ。憶えておけよ」

「承知しております、小父上。この歳でまだ死にたくはないですから!

しかし、呂布ですか。かねてより恐ろしい男だと話には聞いていましたが」

「なぁに、まともに槍を交えなければ良いのだ。わしの矢は呂布でもかわせんぞ!」

二人は家族の元へと馬首を返した。


一方、納得できない仲権は食い下がるように惇に聞いていた。


「え、呂布ですか?あの董卓の養子になったのに、その養父を殺した男ですよね?

そんな裏切者に強い男なんているんですか?」

「武に人間性は関係ないぞ。呂布が最強の武人だ。

お前が参軍していた戦ではないから知らぬかもしれないが、

徐州侵攻中、呂布に袞州を奪われた時があっただろう。

その奪回戦、あれはまだわしらが入朝する前、濮陽城でのことだった。

わしもあれだけは忘れられん。呂布は信じられないような一騎撃ちをしたのだ――」

遠い口調で惇は語り出した。


西暦百九十五年、濮陽城では曹操軍と呂布軍の戦いが行われていた。

呂布の奇襲によって己の城を奪われた曹操は全軍を上げ、躍起になって呂布を攻め立てた。

己を過信する呂布は籠城をよしとせず撃って出た。

呂布の勇名は、その乗馬である赤兎馬と共に天下に広く知れ渡るところであった。

呂布が前陣に姿を現すと、曹操軍の兵士たちがざわめき立った。

事実、赤兎馬の突進は誰にも食い止めることができないのである。

大地に荒々しく道を刻み込んで行く暴れ水のように、呂布の前の道は常に開けた。

振回す方天戟と、暴れ回る赤兎馬の蹄はそれだけで一軍にも三軍にも匹敵する凶器であった。


曹軍からは剛力王許褚が呂布の前に立ち塞がる。

だが、許褚ほどの武人でも呂布の方天戟にかかっては蟷螂の斧、時間稼ぎにしかならないのである。

形勢不利を見かねた悪来典韋がすかさず加勢に入る。

だが、この二虎を相手にしたところで一人の呂布は怯まない。

逆に呂布の方天戟は許褚の甲冑を掠め、典韋の双戟の片方を叩き落し、

赤兎馬の咆哮が両将の乗馬の足を震わせた。

曹操が左右に指示を出すと、さらに二人の武将が参戦した。

李典と楽進である。四将が総がかりになっても呂布は動じない。

五頭の馬が行き交う狭い空間でも呂布と赤兎馬の息は絶妙だった。

曹軍の四将こそ互いが互いの道を塞ぎ、思うように戦うことができない。

そこに曹操軍の右翼と左翼からそれぞれ躍りだした将がいる。

夏侯惇と夏侯淵だ。

この両雄まで加わって、ようやく呂布に余裕が無くなった。

とはいえども、そのまま数十合も戟を撃ち合わせると、遂に呂布は馬を退いた。

わずかな隙を見出すと、赤兎馬の駿足を活かして逃げを決め込んだのである。

濮陽城は曹操の手に戻った。





「――六人と渡り合う人間などわしは見たことがない。

わしは呂布の方天戟を受け止めた時の強烈な衝撃を今でもはっきりと憶えている。

槍を持つわしの手も痺れたが、馬の身体までが揺れたのだ。

剛力王も真っ青の力だ。

それにな、力だけではなく呂布が繰り出す方天戟の速さは尋常ではなかった。

怪力と早業を兼ね備えた恐るべき傑物だ。

あれはな、仲権。人ではない。武鬼だ。

その上、あいつの乗っている赤兎馬は名馬中の名馬、鬼馬だ。ますます敵わん」

仲権はその名前を繰り返した。

「――呂布。武鬼呂布と、鬼馬赤兎ですか」

「そうだ。よいか、仲権。このわしですら呂布には単騎で勝負はせん。

強い相手を強いと認めることも必要だぞ。勇敢と無謀を取り違えてはいかん」

「伯父上、良く分かりました。もとよりこの仲権、無謀はいたしません。

それにしてもそんな男が存在するのですか。

六人がかり、しかもその六人は曹操軍を代表する猛将たちなのに」

「おう、わしにとっても驚嘆以外の何事でもなかったぞ。武鬼呂布の名を覚えておけ」

「呂布、ですか」

「だがな!わしは呂布が大嫌いだ!あんな男は武人ではない!

利に目ざとく、裏切りばかりを繰り返す鼻つまみ者だ。

義を欠かしては武人ではない。あいつはただ己のことだけで生きている。

家名も、責務も守るものは何もない。あるのは己の欲望だけだ。

そういう意味であいつは武人ではなく、武鬼だ。ある意味で大した大馬鹿者だぞ!

――まぁ、こんな話はもうよい。さぁ、そろそろ戻るぞ、仲権」

そう言うと、惇と仲権の二人も家族たちの元へ帰って行った。


(――呂布。呂布か。どんな男なのだろう。

六将と戦っただなんて、それが本当だとしたら人間業ではない。

まさか、呂布こそが武の神なのではないだろうか?)

仲権はそう思った。まだ若い仲権にとっては武こそが武人の極みだった。

言葉で国を動かす曹操よりも、戦場で槍を振るう許褚や夏侯惇に英雄の姿を見ていた。

知らずと仲権は常に最強の男を探していた。

最強の男、武の神。仲権の憧れはそこにあった。

(惇伯父は武の鬼だと言った。神なら分かるが、鬼とはよく分からない。

本当に呂布こそが武神なのではないだろうか?)

惇伯父を前にして言える言葉ではない。

密かに武神の雄姿を想像し、仲権は呂布という男に強く興味を持った。


一方、子雲たちの帰り道では。

「――淵小父!いくら呂布個人が強くても、個人の蛮勇だけでは軍としては駄目でしょう!

ならば別に恐れる必要なんてないですね!」

馬を走らせながら、そう言って子雲は笑い飛ばした。

「それがな、そうではないのが呂布なのだ」

「えっ?」

子雲は驚いた。

「確かに呂布自身は智に乏しい男だ。

ただ、何故かあんな暴君にも有能な部下がいてな、武将では高順に張遼という豪傑がいる。

加えて陳宮という男が知恵袋となり軍を指揮している。

この陳宮がまた切れる男でな、呂布に袞州奇襲を唆したのもこの陳宮だと聞いている」

「なるほど。最高の駒と、それを操る知能が両立しているのですか。

しかし、呂布のような飢狼に何故そんな智謀の士がついているのか不思議ですね!」

「おう、子雲。お前にもっと不思議なことを聞かしてやる。

その陳宮という男はかつて曹丞相の命を救ったことがある人物なのだ!」

「えっ?!」

子雲は本当に驚いていた。


「曹丞相――ええい、面倒だ。

孟徳、がまだ洛陽で都仕えをしていた時に

董卓暗殺を企んで失敗したことがあるのはお前も知っているのだろう。

洛陽から逃げた孟徳に対して董卓は賞金つきの手配書を各地にばら撒いた。

中牟県の関所で孟徳は正体を見破られて捕まったのだが、そこの隊長が陳宮だった」

「旧知の間柄だったのでしょうか?」

「いや、陳宮が以前に洛陽にいた時、孟徳の噂を聞いて一方的に興味を持っていただけらしい。

捕まえられた孟徳に陳宮がこっそりと近付いて大志を訊ねたという。

孟徳が語った大志に賛同した陳宮は、賞金も官職も家族すらも捨てて孟徳と一緒に逃げたのだ」

「しかし、そんな男は陳留の旗揚げの時にはいませんでした」

「そうなのだ、そこが謎なのだ。一体、逃亡中に二人の間に何が起こったのか。

大志を共感し合った二人がどうして今敵対しているのか。

それが分からんのだ。孟徳はちっともそこら辺を語ってはくれん」

「――そうですか。願わくば、そんな相手とは戦いたくないですね」

「そうだな、呂布とは当分戦いたくない。

だが、いずれは戦わなくてはならなくなるのだろう。

いつになるのか分からぬが、いつかきっとな。

その前に、我々には袁紹という敵がいるぞ。

それに、ほっておけばきっと呂布は自滅する。

あいつの性根は腐っているからな!――さぁ、戻るぞ、子雲」

戻ると、惇と淵は妻たちと杯を交わし始めた。

もう狩りをするつもりはないらしい。



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