小説「夏侯覇仲権」6話

袁紹 冀州




三人は山を下って、家族の元へと戻ってきた。

見ると、従者たちが慌しく身支度をしている。

三人の姿を見つけた惇がすっ飛んできて言った。

「子雲!仲権!火急の呼び出しだ!すぐ戻るぞ!」

子雲と仲権は顔を見合わせた。

「何だろうね、子雲。良いことだといいんだけど」

「いいや、悪いことだよ。わざわざここまで使いが来るぐらいだから。早く帰ったほうが良さそうだ」

惇と淵は全員をまとめると急いで戻り、城門をくぐるとその足で出仕していった。

家に戻って落ち着く間もなく惇と淵が馬を走らせて戻ってきた。

子雲と仲権は慌てて庭に出て二人を迎える。


「恩!覇!戦だ、すぐに用意をせよ!明日の早朝には出立するぞ!」

馬を降りるのももどかしそうに物凄い早口でまくし立てると、


惇は部屋に引っ込んで行った。

家臣たちが後を追う。歩きながらも惇は指示を出していた。

淵は一旦立ち止まり、振り向きざまにこう言い残した。

「呂布だ!小ハイの劉備の内応が呂布に見つかって軍勢に囲まれたそうだ!

劉備を救って、呂布を成敗するぞ!」

「承知しました!早速出陣の用意をします!」

それだけ言うとやはり淵も足早に自室に戻っていった。

指示を待つべく家臣たちが後を追う。

「驚いたね。敵は袁紹じゃない」

仲権は言った。子雲も同感だった。


許都は東に袁術と呂布、南に劉表、西に張繍、北に袁紹と四方をぐるりと敵対勢力に囲まれていた。

中でも北の冀州に展開する袁紹が最大の敵であった。

その袁紹から兵糧と軍兵の借用を求める使者が来たのは二人も知っている。

ついこの前の張繍との戦いの最中には留守の許都を狙う不審な動きを見せていた袁紹だったが、

曹操が急いで帰京すると今度は手の平を返したように平然と使いを寄越してきた。

それは自分が幽州の公孫瓚と戦を起こすのに兵力が足りないから協力しろ

という勝手な内容で、その上親書の文章は傲慢極まりなかった。

それは脅迫であった。

曹操からの返答内容そのものが、今の袁紹と曹操の力関係を

事実化させる意味を持つことになるのであった。

この重大な岐路を前にして、曹操は広く幕僚たちの意見に耳を傾けた。

その結果、軍兵は協力しなかったが、相当量の兵糧や軍需品を与えた上で、

袁紹が既に実質的に支配している冀・青・并州に加えて幽州の都督に任じる旨を帝に上奏した。

幽州は公孫瓚の領土であるから、物資での援助に加えてご丁寧に戦の口実までお膳立てしたのだ。


曹操は忍耐のできる君主であった。国力では曹操は袁紹に及ばない。

袁紹は広大な北の三州を支配する名門であり、臣下には有能な文武の将も多い。

袁紹単体の攻撃ならばまだ迎撃できる自信が曹操にはあるのだ。

だが、曹操の敵は四面にいた。

袁紹と連携を取って侵入されてはいくら曹操とはいえども手に負えない。

今袁紹と事を構えるのは損であるというのが曹操の最終結果であった。

まずは袁紹よりも近隣勢力の討伐が先であった。

曹操は恥を忍んだ。

だが、いつかそれ以上のものを袁紹に返してもらうつもりの曹操であった。





まさか己の一方的な要求が通るとは本気で思っていなかった袁紹は、

上機嫌になって幽州へ進軍する。危機は回避されたのである。

すぐさま曹操も動き始めた。

真っ先に目をつけたのは、最も危険性の高い呂布であった。

曹操からすれば袁紹との二面作戦を取られない限り脅威になる相手ではないが、

なにしろ呂布は最強の武人であり、爆発力がある。

周囲の敵対勢力のうちでは最初に排除しておきたい癌であった。

その呂布の客で、以前より通じている劉備に曹操は内応を呼びかける。

だが不運にもその密使が呂布軍の手に落ちてしまう。

この機会に賭けていた曹操は焦った。

袁紹が北に目を向けているうちに、せめて呂布を討っておく必要があった。

そこで大至急、劉備救援軍が編成されたのである。

劉備内応は秘策中の秘策であったから、当然子雲や仲権が知っているはずがない。


「まぁ、曹丞相が判断されたことだ。

僕たちには分からないが、相当の必要性があってのことだろう。

おい、仲権。それよりもな、明朝立つということは先鋒隊として強行するということだろう。

淵小父の専門分野だからな。

敵に包囲された裏切り者を救い出すために急行する盾の役だ。これは厳しい戦いになるぞ」

さすがの子雲も心配そうな口調だった。

「ましてや相手は呂布だろう?

実はさっきの狩りの最中に惇伯父と呂布のことを話していたんだ。

あの惇伯父が、いいか、あの猛将夏侯惇がだぞ、

呂布のことを自分より強いと言ったんだぞ!こんなことあるか?!」

「ほう、面白いな。実は、淵小父ともそんな話をしていたんだ。

同じだよ、淵小父も呂布だけには敵わない、って言っていた。

どうするんだろう。劉備軍にも関羽・張飛という勇将がいると聞くが

呂布に攻撃されれば木っ端微塵だろう」

「どうするんだよ、子雲!時間稼ぎと盾になるために惇伯父や父上は戦場に行くんだぞ!

僕たちも何か役に立たないと!」

仲権は内心穏やかではない。

「違うなぁ、仲権。僕らが何かをしようとしてもまだまだ足手まといになるだけだ。

せめて惇小父と淵小父に迷惑をかけないようにすることだな」

いつも通り子雲は冷静だ。

「いやいや!あの惇伯父でさえ敵わないと思っている相手だ!

何かしないと!何かしないと惇伯父も父上も危うい!」

「大丈夫だよ、そんな心配はないに決まっているだろう?

役に立つとか立たないとかじゃなく、邪魔さえしなければ大丈夫だって!

おい、仲権!そんなに堅く考えるなよ!」


いてもたってもいられなくなった仲権はとりあえず部屋へと歩いていた。

子雲の声すらも聞こえていない。

その思いつめた背中に向けて、子雲が落ち着いた声で再度呼びかけた。

「すぐに仕度をしておけよ、仲権。明日の朝には一番で家を出発できるぐらいの気構えでおこうな」

仲権の心は既にここにあらず。返事もせずにいそいそと歩き去っていった。



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