小説「夏侯覇仲権」8話

呂布 武力




先鋒を曹仁に交替した曹操軍は呂布が立て籠もる徐州城に押し寄せた。

徐州の名士で陳珪・陳登という親子がいる。

今は呂布の重臣であるが、陳親子は徐州の将来のためには

呂布以外の主を迎えるべきだと思っていた。

曹操軍が押し寄せるのを見た陳親子は、時機到来とばかりに曹操軍に内応し、

徐州の各城に偽伝を流す。

陳親子の巧みな情報操作によって小ハイ城が危ないと思い込んだ呂布は

赤兎馬に乗って徐州城から出撃した。

小ハイ城に駐屯していた高順・張遼は徐州城が陥落寸前との伝令を受けて、小ハイ城を出た。

曹操軍の伏兵はすかさず徐州城と小ハイ城を奪う。

さらに、夜闇の行軍で相手の旗が見えなくなっていたこともあり、

目の前に現れた軍を敵と勘違いした呂布と高順・張遼は同士討ちを起こしてしまう。

陳親子に裏切られたことを知った呂布は唯一残った下ヒ城に立て籠もった。


要害に立つ下ヒ城は、曹操軍が攻め立ててもなかなか落ちない。

籠城は二ヶ月にも及んだ。

長期戦を覚悟した曹操は水攻めを行い、近くの河の流れを変えて城内に水を流れ込ませた。

だが呂布は怯まない。

何故ならば、彼の乗る赤兎馬は水中ですら平地を走るが如し。

恐れるものは何もないのである。


しかし、長期間の籠城が呂布の短所を浮き上がらせることになる。

目をかけていた陳親子に裏切られたことで呂布は人を信じることができなくなっていた。

どうしていいのか分からず、酒に耽る。

厳しい言葉で諌めてくる高順を冷遇し、兵権を他の将に委ねてしまう。

軍師陳宮の意見にも耳を貸さなくなっていた。


ある時、呂布は鏡に映った己の荒廃した表情に気が付く。

するとその衝撃の大きさに、呂布が持つ類まれな武の魂が蘇った。

禁酒令を出し、自ら方天戟を持って城内の警固に当たるようになる。

しかし、他人を信じることができないのは変わりない。

呂布のこの行動は軍紀の引き締めには繋がったが、

同時に呂布が自分だけの殻に閉籠もることを決定的にさせた。

城内には終息感が漂っていた。

だが、呂布の武は決して終わらない。

いくら曹操が攻め立てようと下ヒ城は落ちないのである。

呂布の武の城が落ちなくとも、呂布の人の城は既に落ちていた。

城内の暗い空気を見兼ねた部将の侯成が、呂布に酒宴の許可を求めた。

兵士に酒を振舞って士気を鼓舞しようとした善意の行動であったが、

禁酒令の当事者である呂布は激怒した。

腹心の将がこぞって命乞いをしたお蔭で死刑は免れたが、侯成には百杖の罰が課せられた。

呂布のあまりの仕打ちを見兼ねた同僚の宋憲と魏続が、侯成と投降を計った。

まず侯成が呂布の命ともいうべき赤兎馬を盗み出して曹操に投降し、城内への一斉突入を促した。

城内では宋憲と魏続が密かに開門の用意を整えていた。

慎重な曹操ではあるが、侯成が引いてきた馬が本物の赤兎馬であることを見ると事態を察する。

すぐさま全軍に呼びかけて城へ押し寄せると、内応の印である白旗が上がり下ヒ城は開門された。

士気低迷も著しかった呂布軍の兵士である。

堅固な城壁を破られては最早曹操軍への抵抗の気持ちは薄かった。

両軍入り乱れる大混乱の中、大半の兵士が投降する。

宋憲と魏続は張遼を急襲して捕虜にすると早々と城を下った。

陳宮は徐晃に捕らえられた。

呂布軍の将はそれぞれ討ち取られ、捕虜となり、また降伏した。





しかし、突入からいくら経っても呂布捕縛の知らせは届かなかった。

今や下ヒ城は曹操軍の手中にあった。

城内の要所には曹操軍の旗が翻り、四門は全て曹操軍が封鎖した。

最早城内脱出も叶わない状態である。

だが、半日近く経っても縄目を受けた呂布の姿は一向に見当たらない。

いや、呂布だけではない。高順の姿もなかった。

「――伝令!敵将呂布は未だ主閣に立て籠もったまま、抵抗を続けております!」

「――まだか!まだ終わらぬか!」

先陣の曹仁は焦っていた。

「おい、前陣の曹純までもう一度行ってこい!とにかく急げ、と伝えよ!」

折り返し伝令が走る。曹仁は落ち着かない。

腰も下ろさず右往左往を続けていた。

先鋒役を命ぜられた以上呂布を捕らえるのは曹仁の仕事であった。

だが、なかなか良い知らせが入ってこない。

時間だけが過ぎてゆく。事態は進展しない。

その間も前陣の曹純からは頻繁に伝令が届いていた。

「――ご報告!曹純殿は主閣を完全に包囲しております!

呂布に逃げる隙間はありません!吉報をお待ちください!」

「――申し上げます!我が隊も突撃しておりますが、

呂布の抵抗を破るまでに今しばらくの時間が必要と思われます!」

「――呂布の方天戟は絶倫にて、苦戦が続いております!」

狭い主閣の周囲は曹仁と弟の曹純の兵に取り囲まれていて、

他の隊が入り込む余地すらない。

開門されると同時にそこまでは電光石火の早業でこなした。

だが、それからが長い。

「どうした、曹純?あとは呂布一人だけだぞ!」

城内で陥落していないのは主閣だけだった。

他隊も曹仁からの呂布捕獲の知らせを待っている。

全隊の注目が曹仁に集まっていた。曹仁は焦っていた。

すぐ後ろに兵を詰めていた夏侯淵が近寄ってきた。

「曹仁!なかなか落ちぬな!さすがは呂布というところか!」

「おう、夏侯淵。なぁに、間もなくだ。今、曹純が全力で攻め立てておる。

まぁ、安心して見られておれい!」

そう強がりを言うが、曹仁は心中穏やかではない。

曹仁も濮陽城での呂布の武勇を目撃していた一人である。


するとそこへ馬に乗った曹純が駆け込んできた。

「――仁兄!おう、夏侯淵殿も一緒か!呂布は強いぞ!

狭い部屋に立て籠もられては数に任せて取り囲むこともできん!

いかんぞ、仁兄。呂布と高順がまだ戦っているが、

こちらの兵にもだいぶ恐怖心が生まれてきておる。

兵の足が鈍くなった。まずは増援を出してくれい!なんとかあいつを捕らえてみせる!」

「分かった。好きなだけ兵を連れてゆけい!なんとかして呂布を捕らえよ!頼むぞ、純!」

頷くと曹純は兵を連れて主閣に戻っていった。

「――しかし!悪鬼呂布健在だな、曹仁!」

「――あぁ、もう全て終わったのに大した奴だ。

だが、こんなところで奮戦してもなんの意味もない。呂布もよくやるのぅ!」

夏侯淵も曹仁もそう言うのが精一杯だった。


(赤兎馬もなく、城は陥落したというのに呂布は何を求めて戦うのか)

夏侯淵の側で仲権は一人考え込んでいた。

(それに、もうどれだけの時間が経っている。

いくら最高の武人であろうとも、これだけの大軍を防ぐことなどできないはずだ。

どんな戦いになっているのだろう。行ってみたい。呂布の闘う様を見てみたい)

呂布の姿を見たことはない。人から呂布の武神ぶりを聞くだけだった。

仲権の脳裏には呂布の具体的な姿は浮かんでこない。

かつて六人の将軍と渡り合い、今は曹操軍の猛攻をいつまでも防いでいる一人の男。

その姿は武の神でしかないと思った。

(呂布。彼は武の神か)

「高順も呂布の側で戦い続けている。最近冷遇されたと聞くのに呂布を見捨てないとは。

あの男もまた悲しい運命よ」

曹仁がそう言う。

「あぁ。『陥陣営』も皆ここで討ち死にか。惜しい。あまりに惜しいな」

さみしそうに夏侯淵も言うのだった。



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