小説「カムイの川に月が昇る」3話

月の兎




――私はそこの自然管理事務所の東尾と言いますが、あなたは観光で?どちらから?

――はい、東京から来た宇佐美ラヒトです。

――ラヒトさん?変わったお名前でいらっしゃる。

――良い人と書いてラヒトと読みます。当て字ですけどね。

そう答えると彼はちょっと笑った。

――失礼ですが、ウサミさんですし、ラヒトさんで、まさにウサギ・ラビットですね。

そうそう、ウサギといえば私は良い話を知っています。

ほら、丁度月も出てきましたしね。このカラフトマスに共通する話だと思っています。


優しい緑色の上空に月が出ていた。もう暗くなっていたから余計に映える。

――あの月です。月にはウサギがいると言われていますよね。

でもどうしてウサギが月にいるのでしょうか。不思議じゃありませんか?

物語のような口調で男は語り始めた。

――その昔、共同生活で修行をしていたウサギとキツネとサルの前に、

衰弱し切った老人が現れて食事を乞いました。

キツネやサルは狩りができるのでちゃんと老人の前に食事を運ぶことができた。

でも、ウサギはそうはいかない。

何も獲れないし、逆に獣から狙われるだけです。

そこでウサギはキツネとサルに焚き木の用意をお願いした。


静かな川にカラフトマスが水を弾く音が鳴る。

――キツネもサルもウサギのことを糾弾しました。

どうしてお前は役に立とうとしないのかと。

するとウサギはこう言いました。

僕には食べ物を持ってくる能力がないんだ、どうか僕の身体を焼いて老人に与えてください、と。

そうしてウサギは焚き木の中に身を投じたのです。

それを見た老人、実は老人に化けた神様が修行中の彼らの本心を試している姿だったのですが、

ウサギの悲痛な行動に涙を流してその死を悼み、ウサギの姿を月に映したのです。

全ての生き物にこのウサギの自己犠牲の精神を伝えるために。

だから今もこうして見上げると、焼かれて煙にくすぶられたウサギの姿が月に見えるのです。

おしまい、おしまい。


――それって、アイヌの伝説とかですか?

――いいえ、違います。今昔物語のお話です。

知床ともアイヌとも関係ないですね。

――ほう。今昔物語。

――月に刻まれたそういう物語があります。

あなたはどうやらそのウサギにかなり近いところで生まれた人なんですから、

何か凄く大きなことができそうですね。

――ははは。なるほど。

――カラフトマスもウサギも、無力なりに頑張って成果を出しているんですよ。

私たちはそれを忘れてはいけないような気がします。

アイヌの人たちがこの知床の大自然をカムイ――『神』、と呼んだのが頷けますよね。

カムイという言葉には、敬愛すべき偉大なもの、人の力が遠く及ばないもの、という意味が強いようです。

自然のステージの上では、人間は無力ですからね。

それじゃぁ、私は行きます。知床を楽しんでください。

暗くなりましたから熊には気をつけて。

音を出して歩いてください。

そう言うと彼は去って行った。

パンパンという熊除けの音を再生の森に響かせながら。


良人はその物語に圧倒されていた。

あぁ、カラフトマスや月のウサギのしたことに較べれば俺はなんだ。

自己犠牲すら厭わなかったからこそ永遠に生き延びる彼らの命。

俺の悩んでいた問題はあまりに小さかった。

今まで小さかったものが、大きく見えてきた。

大きかったものが、本当は小さかったと知った。





この川に触れたい。

ふと衝動に駆られ、良人は川辺に降りてみる。

そろそろと手を伸ばすと、指先に感じる冷たい温もり、命の流れ。

思わず瞳を閉じて天を仰げば良人の暗い顔を照らすあの月が。


――清流に月が昇る。

知床の深い闇が穏やかに一日の幕を引いてゆく。

何もかも飲み込んだ後の、大きくも美しい自然が溢れていた。

この出逢いで膝を折って、俺はもう一度再生できるかな。

カラフトマスが恵みの森に還って行くように、この偉大なカムイの川で。

今夜も昇ってきたウサギの月のように、自分を犠牲にしてまで。

その不屈の強い心で。



「カムイの川に月が昇る」完



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