小説「破壊の甘寧」1話

甘寧




甘寧。

その甘く、寧(やすら)かに心を捉える名前。

赤壁や合肥の戦いで抜群の武功を残し、呉の先陣を任すなら甘寧か太史慈か、

と真っ先に挙げられたほどの三国志の勇将。


誰が知っているだろう、その甘寧が、破壊という魔力に突き動かされた鬼阿修羅だとは。


甘寧は今、日本にいる。

ある宝物へと姿を変えて、多くの人々の心の中に、今も甘寧は生き続けている。



甘寧は若い頃にいったんは官職についたものの、

すぐに職を放棄して水賊として生業を立てていた。

水賊。いわゆる強盗、ならず者、暴力の人。

河や湖で、船足の速い怪しげな船に近寄られたら、もうアウトだ。

加えてそこに鈴の音でも聞こえようものなら、

「鈴の甘寧」という腕っ節の強い水賊が現れたと、人々は甘寧を恐れた。


甘寧は自分の力を揮うことに取り憑かれた男だった。

矛を引っさげては相手を斬り倒し、仲間たちと徒党を組んでは敵集団を壊滅させる。

個人的に腕っ節が強いだけでなく、長として集団を統率する能力を生まれつき授かっていた。


仲間内でも最強の男だから、一対一の戦いでは誰も甘寧に敵う者はいない。

動物的な勘がやたらと強く、敵の作戦を見破る力に長けていて、

他所の賊との戦いでは連戦連勝だ。

盗んだ宝は惜しまず仲間たちに分配し、子分たちへの面倒見は良く、情にも厚い。

通りがかる商船は容赦なく襲うくせに、地元民からは何ひとつ奪うことをしないのが信条。

地元の私警を自称しては、地元で何か事件が起きると、

腐敗した警察では頼りにならないと、仲間たちを使って勝手に犯人を見つけ出し、

自分の裁量で犯人へ罰を加えた。

もっとも、この勝手な行動は地元民から感謝されて治安向上にはつながったが、

水賊の分際で自分たちの権力を無視するとは、と警察や役人からは目を付けられる原因となった。


甘寧は自分の力量で破壊することが楽しくてたまらなかった。

弓矢を放てば、矛を振るえば、相手は自分の足もとに倒れて動かなくなる。

仲間たちを従えて行きかう船を襲えば、船荷は容易に自分のものとなる。

社会も正義も関係ない、自分の力で破壊できればいい。

破壊することの甘美さと、確かな手ごたえだけは、常に心を満たしてくれる。

だから破壊あるのみ。

甘寧にとってはそれだけが、自らのアイデンティティとなりうる唯一のものだった。


そんな生活を十年も続けているうちに、

甘寧の水賊団は千人が集まってひとつの軍団を形成するようになっていた。

仲間が多ければ、より数多く、大きな行動を取ることができた。

そうだ破壊を、もっと多くの破壊を、もっと大きく美しい破壊を。

甘寧の夢は止まらない。

水賊の域を越えた地元の狭として幅を利かせていた甘寧のことを、

荊州太守・劉表の配下で、夏口城の主将・黄祖は警戒視していたが、

次第に甘寧を懐柔して取り込もうと態度を変えてきていた。


甘寧は迷った。

万人の軍兵を持つ黄祖と戦ってはさすがに相手にならないし、

このまま水賊を続けていてはいつか掃討されてしまう。

逆に彼ら劉表軍に所属すれば、もっと大きな破壊ができるのではないか。

そう思った甘寧は、乞われるがまま、部下共々黄祖の配下となった。





予期されたことではあるが、万人単位の軍では規律が重んぜられ、

それまで勝手放題をしてきた甘寧にとっては窮屈な箱に閉じ込められたようなものだった。

そもそも甘寧は、黄祖ごとき器の小さな将に仕えるような男でもない。

組織の一部将として、甘寧のストレスが溜まりに溜まっていた頃、

呉の孫権軍が攻めてきたという知らせが届いたのだった。


それは興奮したな。

数十隻の敵船団を壊滅させ、先陣の大将・凌操を射止め、数千人の敵軍を撃退する。

破壊の規模がまるで違っていて、水賊だった頃の数十倍の破壊が

公に許されているのだから、笑いが止まらない。

不思議なもので、敵将を射落としたら大功と呼ばれて、やけに評価される。

そのぐらい普通の破壊だし、それが功績なら俺様は今まで

数えきれないぐらいの功績を挙げてきたってことになるな。

破壊が称えられる、評価される、その甘みに甘寧は官仕えの嫌気を忘れた。


孫権軍先陣の大将・凌操を射止め、総攻撃の中心となって孫権軍を退却させる

という派手な功績を残したくせに、甘寧は少しも自慢気な態度をしなかった。

それはそうだ、甘寧は大量破壊の甘美さに魅せられていただけ。

だがその態度が逆に黄祖に妬まれ、甘寧は徐々に飼い殺しの目にあうように仕向けられていった。


甘寧は孫権軍に下った。

分かったことがある。

仕官したら、水賊の頃よりも大きな破壊を得ることはできる。

ただし、凡庸な劉表や、愚鈍な黄祖の元にいても、甘寧の望みが叶うはずもない。

仕えるなら、より有能な主君だ。

それは何のため?

決まっているさ、破壊をするためならば、甘寧はどこにでも行く。


新しい甘美な夢を見つけた。

より大きな器の元にある、より大きな破壊。

そこでは個人の武功など小さく、知恵を使って軍を動かせば、

より大きな破壊へとつながる夢を求めることができる。

一人の力では叶わないことも、数多の有能な人物を交わることで夢を増幅させることができるのだ。



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