小説「破壊の甘寧」2話

天下二分の計




呉軍で知り合った呂蒙は、今まで甘寧が出逢ったことのないタイプの男だった。

降伏してきた甘寧を、凌操将軍を討ち取ったという実績があるから有能である、

という理屈を付けて、将として厚遇してくれた。

上官と部下という関係ではなく、孫権軍の同志として横並びで戦に臨もうとする、

呂蒙はそんなオープンマインドの持ち主だった。


大きな破壊を狙う甘寧だが、それを他人に堂々と伝えるようなことはしない。

頭の狂った奴と思われるのがオチだから。

だからあえて破壊という言葉を使わず、しかし孫権軍にとってどうすれば

最高最大の戦いができるのか、甘寧は自分の欲望に揺られながら、

そのことに知恵を巡らせてみる。


すなわち、天下二分の計。

甘寧はその考えを呂蒙に語ってみた。

先代君主・孫策の働きによってすでに孫権軍は呉を手中に収めているが、

次は荊州を攻略し、その後は西蜀の地を取って、北の曹操軍と対抗する。

中華を広く南北に二分して、孫権軍は南の豊かな地力を活かして、北の曹操と対峙する。

袁紹を破って北の四州を領土にした曹操軍は、まぎれもなく現時点で

最強の勢力であり、それに等しい人材・物資・土地を確保しようとすれば、

呉だけでは不十分で、荊州はもちろん、西蜀を取ってようやく勢力均衡は成立するのだ。





この天下二分の計を聞いた呂蒙は、顔を真っ赤に高揚させて同調した。

その通りだな、甘寧。

曹操というスーパースターが現れているこの中華大陸において、

どれだけ我が呉軍の将兵の個人能力が優れていようとも、

魏と呉では軍兵を動員できる母数が一桁違うし、

土地の規模では明確な差があるのだから、如何ともし難い壁がある。

まずは黄祖がいる夏口城を攻め取って、荊州全土を呉軍のものとしよう。

俺たちに今できることは、それぐらいだろう。

呂蒙は改めて孫権に黄祖攻めの許可を申し出たのだった。


我が意得たり、破壊は近い。


心のうちで、甘寧は喜んだ。

黄祖ごとき、呉軍と俺様が一緒になって攻めかかれば、破壊できること間違いない。

勘違いして欲しくはないが、別に俺は黄祖のことを恨んでいるわけではない。

今可能な最大の破壊が、たまたま呉軍による黄祖攻めだっただけのこと。

裏切りだとか、逆恨みだとか、そんなことは関係なく、ただ欲しいのは破壊だけ、

狂おしい破壊だけが、俺様の心を満たしてくれるのだから。


呂蒙よ、貴殿にも悪いことをしたかな。

先の天下二分の計も、別に呉のために言い出しているのではなく、

俺が天下を二分する呉軍の将ともなれば、何万、何十万単位の破壊ができるからだ。

そう考えると、なんと甘く、魅力的な物語を描くことができるのか。

呂蒙や孫権が思い描いていることとは違う角度でいて、結果としては同じ方向に行くのだから許してくれるかな。

そして甘寧の破壊の意識は増幅してゆくばかり。


孫権軍の先陣を切り、甘寧は黄祖軍を壊滅させた。

水軍に長けると言われた黄祖軍も孫権軍も、水賊あがりの甘寧にとっては

子供の船遊びのようなもので、元水賊の仲間たちを率いては自由自在に船を操って黄祖軍を翻弄させる。

加えて孫権軍の後押しがあるから、愚鈍な黄祖ごとき、どうして対抗できよう。

もろくも黄祖軍は離散していき、夏口城陥落の戦功は甘寧へ与えられた。

名誉など必要ないが、将として認知されればもっと多く兵を任せられるだろうし、

それはより大きな破壊へと結び付くと知っているから、甘んじて受け入れるのも甘寧ならではのやり方であった。


孫権を主君とする呉には、優れた智勇の将が多い。

総指揮官の周喩を始め、魯粛・張昭・張鉱・程普・諸葛謹・顧雍ら、知謀の士。

武官では太史慈・黄蓋・周泰・呂蒙・韓当・蔣欽・陳武・凌統・丁奉・

徐盛・朱桓・董襲・潘璋・宋謙など、猛将らが居並ぶ。

新参者の甘寧は、精力的に戦場に出ては戦績を挙げることを繰り返していた。

それは何のため?

強い軍兵を持ち、優秀な将たちが集う呉軍の中で立身して

将軍になることができれば、強力な呉軍の総力を挙げて戦う戦で、

自分が中心となって破壊に携われるじゃないか。

それはどれだけ豊かな破壊となるのか、想像するだけでも身が震えてくる。

今まで味わったこともないような、甘く、充実した破壊になることが約束されているようなものだ。

そのためならば甘寧は全てを投げ打つ。

何もかもが破壊のため、破壊の魔力に取り憑かれた悪魔の男。


荊州太守・劉表が病死すると、その混乱に上手く乗じて曹操が荊州を降伏させた。

荊州に居候していた劉備も蹴散らして、曹操は一息に南下し、呉まで攻め下ってくる。

その突然の知らせは、呉軍へ大変な混乱をもたらした。


孫権の元に、その曹操からの手紙が届けられた。

我が80万人の軍兵と共に狩りをしよう、という降伏勧告である。

80万人!誇張はあるにしろ、呉軍を集結させとしても到底太刀打ちできるはずのない軍勢である。

周囲の誰もが、魏と呉の規模の違いに悲観していた。

今まで曹操と孫権は直接戦うことはなく、劣悪な関係だったというわけではない。

しかしこの戦乱の世では、曹操と戦って敗北すれば呉の取りつぶしは

避けられないだろうし、呉の将兵たちの多くを戦死させることになる。

開戦か、降伏か。

孫権の幕僚たちはこの議論の狭間で揺られていた。


絶対的多数の曹操軍襲来を聞いても、自分が破壊されるとは思っていなく、

負けるとも思っていない男がいた。

いいや、それどころか今までとは規模の違う巨大な破壊ができるのではないか、

と涎を垂らしながらウズウズしている。

呉の将軍たちは、仮にこの曹操との戦いに勝ったとして、

そのまま荊州を上手く手中にできるかという議論ばかり続けていた。

笑止、笑止。

今更荊州を曹操から奪ったところで大勢に影響はない。

曹操と対抗できるのは今や呉しかなく、この戦いに勝ち、

その後に呉は呉だけではなく、もっと領土を広げていけばいい。

当然荊州は奪い取るが、目先はそれ以上、西蜀に向けなくては意味がない。

それでこそ本当の天下二分の計が成り立つ。


呂蒙に再度それを伝えたら、面喰った様子だったが彼は賛同してくれた。

そうだな、甘寧。

誰も西蜀の地へ目を向けている者はいない。

呉が継続的に繁栄を遂げる術はそれしかないと、

呂蒙はその策を喜んで取り上げてくれた。

だが、驚く呂蒙の顔を横目に、甘寧は内心でため息をつく。

いいや、違うよ、呂蒙。

呉のための献策?それは違うよ。

より大きな破壊のために決まっているだろう。

蜀との戦いもそうだし、その後の魏との天下二分の戦いなんて、もっと大きな夢が、破壊があるのだから。

この心、分かってもらえるとは思わないが、心の中だけに欲望を埋めておくのも辛いものがある。

孫権や全幕僚の前でその策を提唱する手はずを呂蒙が整えてくれた。

甘寧の心は一大勝負に向けて燃え上がり、密かに涎を流しながら喜んでいた。

破壊こそ我が身上、我が美学は破壊にある。

それを叶えてくれるものならば、この甘寧、悪魔にでも魂を売ろう。



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