小説「破壊の甘寧」3話

赤壁の戦い 甘寧




孫権が見守る中、甘寧は全将軍たちへと天下二分の計をぶちまけた。

継続的な呉の繁栄を考えるなら、西蜀を奪取するしかない。

この戦に勝つかどうかだけではなく、勝った後にも曹操に対抗できる勢力を

築くことができるかどうかがポイントであって、その具体的な方法としての、天下二分の計の献策。


将来へとつながるこのモチベーションさえあれば、目の前の曹操軍を赤壁で打ち破ることもできるだろう。

劉備と同盟を結び、軍師諸葛亮に呉陣に来てもらって曹操軍の対抗策を

考えているようだが、それは目の前の火事を消す措置でしかない。

諸葛亮は鋭い男だと聞くから、この天下二分の計が盗まれないように

注意すると共に、もっと先を見ながら開戦を決意しよう。

熱のこもった、しかも内容の伴った甘寧の弁舌に、呉の諸将らは心を動かされた。


その策よし、と真っ先に賛同してくれたのは孫権だった。

将来の計は甘寧の策の通りであって、あとは目の前の戦いに

いかに勝つか、その目星を孫権が幕僚たちへ問いかける。

呉の水軍の練兵さが、この戦のキーになるでしょう、と周喩が口を開く。

曹操の騎兵や歩兵は強いものの、水上での戦いに慣れていないことを挙げ、

強引にでも水戦に持ち込めばなんとかなるという見通しを立てる。

確かに、水上に相手を引きずりこめば兵士の数の違いは克服できる。

荊州からそのまま軍を進めるならば、曹操軍は赤壁で長江を渡らざるを得ない。

地の利は我が呉にこそ、長江に守られた我が呉にこそ与えられているのだと周喩が説く。

あとは決断だけ。

地の利を活かせばこの危機を脱せられるし、天下二分の計があれば

曹操と中華を二分鼎立できると踏んだ孫権は、剣で机を切って曹操との開戦を明言した。





赤壁の戦いを前に、甘寧の破壊の意識は頂点を迎えていた。

80万の敵軍を、この俺様が破壊させてやる。

甘寧が危ない予感に狂っていると、悪魔のような謀略が次々と湧いてくる。

敵を欺く仲間割れ。

兵士数の違いが10倍に近いと考えると、白兵戦を避けて、

周喩が火計を用いることは予測できた。

ただ、それをどう実行に移すかが問題だったし、正面から闘船を乗り付けて火を放ったところで、

相手は曹操、そんなものが通用するとは思えない。

劉表水軍を仕切っていた蔡瑁や張允が曹操軍へと降伏して、

今や彼らが事実上曹操水軍の指揮を取っているから、決して素人の集まりでもない。


人の輪を破壊してやろう。

甘寧は破壊の糸口をそこに定めていた。

仲間割れを扇動することで心を動揺させ、時間を稼ぎ、破壊をすべりこませる隙間を作ってやる。

先々代の孫堅から呉に仕える宿将・黄蓋と周喩を仲違いさせ、

総司令官である周喩に反逆したという罪で黄蓋に鞭を打つ。

それも曹操からの使者が来るのに合わせて実行し、

その仲違いの動揺ぶりを隠しつつも、何気なく周喩と黄蓋の件を使者の耳に入るようにした。

加えて、あたかも曹操水軍の将・蔡瑁と張允が呉に通じているかのような

疑いを持たせるように仕向ける。

曹操に仕えてまだ間もない蔡瑁や張允であったし、曹操には旧主の劉表の荊州を奪ったという意識があり、

さすがの曹操も蔡瑁や張允のことに疑心暗鬼となった。

それは周喩の計略かもしれないと分かっていても、わずかでも疑いがあれば、

この先の戦いで心に迷いが生じてしまう。

ならばいっそ心配事は絶つべし、と曹操は蔡瑁と張允を処刑した。


火攻めをしようにも、風上の赤壁にいるのが曹操軍で、孫権軍は風下になる。

周喩が考えている火計は、曹操軍が一斉に動き出した時を狙っての策で、

南の孫権本陣へと曹操船団が襲いかかったら、

その北へと小型船を廻して南へ一斉に火を放つというものだ。

現実的に曹操軍の風上で火を放とうとすれば、

彼らが動き始めてからしかできない地形になっていた。

しかしこの周喩の策はまさに自殺行為であって、確かに上手くゆけば曹操船団を焼き打ちできるが、

その火に煽られて間違いなく孫権の船団をも焼くことになる。

曹操軍撃退というより、両軍の船団を全滅させる、刺し違えの策であった。


それを破壊とは呼ばない。

甘寧からすれば、自軍が滅んでしまっては勝利とも破壊とも思わないし、

やはり自軍を損ねずに敵軍だけを破壊させるのが戦いの旨味であった。

甘寧は元水賊仲間たちの知恵を結集させ、地元の民に風向きを聞き歩く。

自分の経験からも、河の風向きはほぼ一定ではあるものの、

季節風で向きが変わる時があることを知っていた。

思った通り、いつもの北西風がこの季節には日によって

東南風へと変わることがあると聞いた甘寧は、周喩に進言する。

ある夜、待ち構えていた東南の風への変わり目を感じると、

黄蓋に降伏する振りをさせて船を近付けると、黄蓋は自らの船に火を放ち、

曹操軍の船団へと火船を突撃させた。

火が船から船へと燃え渡ると、どこからともなく姿を見せた早足の孫権船団が

更に火矢を放っては火攻めを加速させ、折りの東南の風に煽られては、

曹操軍の船という船はことごとく焼き払われる結果となったのである。


燃え上がる赤壁の軍船を眺めて、甘寧は声を殺して笑い続けた。

退却する曹操軍を追い討ちし、80万人と称された北の大軍を

完膚なきまで叩き潰しながら、甘寧は宙を舞うばかりの快楽に酔っていた。

甘寧は何のために戦う?

最高の破壊をするためなら、持てる限りの知略を出すことを惜しまない。

80万人もの人間の命を奪い、その数倍はいるだろう彼らの家族たちを悲しませてまでも、

甘寧は呉最大の破壊、いや、三国志上最大の破壊を仕組んだ。

そうだ、破壊のため、破壊のためならば。

まさに甘寧は破壊に魅せられた悪魔の化身であった。


思いがけない展開は、その後のこと。

許都まで退却した曹操を追撃する形で、待望の荊州奪取に向かって

呉軍が荊州へ攻め上がっていくと、先回りした劉備軍が荊州各地の城を乗っ取っているではないか。

劉備軍と小競り合いを続けていると、赤壁の戦いの復讐に燃えた曹操軍が

東から南下して呉へ攻めかかってくる。

兵を反転させて呉が曹操と戦っているその隙に、劉備は荊州だけではなく、

西蜀の地まで手に入れてしまったではないか。

甘寧が提唱した天下二分の計を、偶然か必然か、劉備軍がまんまと叶えてしまった。

赤壁の戦いの決起の軍席で甘寧が天下二分の計を唱えて

呉の将来を語った時、あの場にはいなかったはずの諸葛亮が

どこかで甘寧の策を盗み、天下三分の計などと称して、荊州と蜀を劉備軍の基盤としていったのだろうか。



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