小説「破壊の甘寧」5話

夷陵の戦い 甘寧




間もなくして、荊州を奪う隙間を見つけると、呉の軍総司令官となっていた呂蒙は

荊州の守将・関羽を攻め落として荊州を奪い返した。

呂蒙は決してあきらめていなかったのである、あの甘寧の天下二分の計を。

呉と蜀が争っても、どちらが勝つにしろ喜ぶのは魏だけなのに、

義兄弟の関羽を殺された劉備は、諸葛亮の諫めも聞かずに自ら大軍を率いて呉へと押し寄せてきた。

急遽、孫桓と朱然の呉軍が立ち向かったが、蜀軍の勢いに圧倒されて多くの兵卒を失った。


夷陵の戦い、蜀の劉備との決戦。

甘寧の心は高ぶっていた。

久しぶりの大きな戦、それも自分が提言した天下二分の計を、

劉備は天下三分の計として実現して、驚くべき多勢で攻め込んできた。

赤壁の頃の劉備は1万の兵も集めることができなかったのに、

今はその十倍の兵力を従えてやってきている。

今こそ劉備を討ち取り、蜀の領土を奪い返して天下二分の計を叶える機ではないか。

この甘寧、最後の大仕事が劉備の破壊だ。


かつての呉を率いた将はいずれも世を去っており、

世代交代の波が訪れていたが、蜀軍の勢いに危機を感じた孫権は、

甘寧・韓当・周泰・潘璋・凌統らの経験豊富な宿将を派遣した。

この戦いでは、甘寧は遊軍を任命された。

甘寧にしてももう60歳になっていたが、自分の破壊がまだまだ現役だと信じている。

これは合肥の戦い以来の大役。

蜀の先陣は関羽や張飛の息子だと聞くが、俺様の破壊の技は若さに負けるような甘い代物じゃない。

一体何十年破壊を続けてきたこの甘寧様だと思う?


両軍が対峙すると、蜀軍の破竹の勢いは留まるところがなく、

関興・張苞軍が先陣を突破すると、呉軍は総崩れになった。

潘璋は関興に討ち取られ、韓当・周泰・凌統は遠く陣を引いた。

遊軍にいた甘寧は、先陣の潘璋軍の陣形が崩れるのを見て支援に入ったが、

蜀軍に加勢していた南蛮軍・沙摩柯の猛烈な勢いを受けて、敗走した。

更には甘寧自身も沙摩柯の射た毒矢に肩を射られて、

甘寧軍は屈辱の敗北を喫してしまったのである。

誰にも言わなかったが、この時の甘寧は悪性の下痢を患っていて、

体調は最悪、体重が落ちて身体が一回りも二回りも小さくなってしまっていた。

矢傷をかばって敗走する時、甘寧は自分自身を笑った。

敗戦経験は幾らでもあるが、こんなに大きくて、大切な戦で負けた経験はない。

いつもの俺様ならば、例え先陣が破られたとしても逆に敵軍を押し返して、

敵を返り討ちにするぐらいの威力を揮うことができるのに。

身体が動かないのは体調のせい?それとも年齢のせい?

いや、まさか、この俺様の破壊が限界にきているとでもいうのだろうか。


大体、この戦いで呉と蜀が互角に戦っていては、魏の思うつぼだ。

呉が圧勝して一息に蜀を呑み込まなくては、

それもスピード感を持ってやらなくては天下二分の計は成らない。

負けている場合じゃない、呉と蜀が拮抗しては両軍が疲弊するだけ、

魏にとっては最高のシナリオじゃないか。

この初戦の敗北で、なんだか俺の破壊構想が音を立てて崩れていった気がする。



蜀軍の追軍から遠く逃走して、甘寧は大きな木の下にたどりついた。

毒矢を受けた傷口が痛む。

力が抜けて身体中が空洞になってしまったかのようだ。

俺もここまでか、初めて甘寧は自分を諦める気になっていた。

従う兵はわずかに十数人、誰も全身傷だらけになりながら退路を斬り開いてきた。

その誰もが長年共に戦ってきた仲間たちだ。

俺は何か良いことをしたのかな、こんな無様な俺なのに、見捨てずに付いてきてくれる仲間たちがいる。

それは敵軍何十万人を破壊してきたが、

引き換えに味方を何万、何十万人と死なせてきたか数えきれない。

相手を破壊することだけを味わってきたわけじゃない。

自分の快楽を追いかけて、結果として敵も味方も破壊してきた俺だ。


なぁ、それでも俺はもっと破壊したかったよ。

もっともっと自分の威力を見せ付けて、もっと大きな破壊に結び付けたかった。

蜀の劉備を破壊できなくて、こうして死んでいく自分のみじめさ、情けなさが心に染みる。

自分の力だけでは身体さえ支えられなくて、大樹にもたれて呼吸を確保する。

見上げれば、太い幹がはるか上空までそびえたち、実りの枝葉が無限に広がっている。

その美しい姿、なんと豊かな大樹。

かつての自分のように、恵まれた肉体を駆使して、この大樹は世界に覇を唱えている。


こんな考えもあるかな。

俺の人生は、みんな破壊を追いかけてのこと。

それは恵まれた自分の身体や心に支配されていたからで、

この甘寧の意思というよりも、優れた身体と心に隷属していた

醜い男の正体なのかもしれない。

この甘寧という存在を外包していた身体は、今こそ病気にかかっているものの、

他の誰よりも速くて、強くて、タフだった。

周喩や諸葛亮ほどの軍略はなかったが、目の前の戦いのニオイを嗅ぎつけたら、

勝利を探し当てる勘が他の誰よりも恵まれていた。

そうだよ、この無敵の肉体が老いてよかったんだ。

いつまでも劣化しなかったら、肉体に動かされて俺は永遠に破壊を続けていたかもしれない。

いっそもっと早く死ねばよかったんだ、そうしたら俺のために死んでいった将兵たちにも迷惑かけなかった。

この強い身体に生まれてきたことで、どれだけの殺戮をしてきたことか。

破壊という魔力と、恵まれた身体に支配されていたのだよ、俺の人生は。


考えるとなんだか悔しくなってきた。

この強い肉体さえなければ、俺はもっと人に優しく生きることもできたのだろう。

涙が出て、それで本当に甘寧は後悔した。

するとどうだろう。

甘寧の内部から邪悪なものが抜け出して、純粋な表情が生まれたではないか。

青年のような、素直な顔。

その最期の大樹の下で、甘寧は破壊の虜から脱却する心を持つことができ、

それは破壊の鬼阿修羅から、心阿修羅への変身となり、間もなく甘寧は息を引き取った。


破壊の甘寧が、死ぬ時だけは破壊の隷属から脱したのである。


甘寧の最期を見た部下たちは、その死に様を伝説として残した。

阿修羅と呼ばれた甘寧、常にギラギラして戦いを求めていたあの甘寧が、

穏やかな表情をして、最期を迎えたのである。

まさに阿修羅の伝説そのまま、悪行の鬼阿修羅が悟りを開いて、

善行の心阿修羅へと転身していく様、それを甘寧が体現したのだと知り、

誰もが甘寧の数奇な生き様を崇めた。

それが口伝として世に残り、時代を超えて、場所を超えて、

人々の心には心阿修羅が引き継がれていった。



阿修羅の仏像は数あれど、奈良の興福寺宝物殿、

陳列された国宝仏像の中で、ひときわ精彩を放つ存在である阿修羅像が、甘寧の生まれ変わりだ。


常に呉の先陣を任された名将・甘寧のように、他の阿修羅像と比べても

抜群の存在感があるのが、興福寺の阿修羅像。

誰もが感じるその優しい表情は、破壊という悪魔の囁きから脱却した仏の極致。


君は死ぬ間際まで鬼阿修羅だったけど、死んでからの永遠は心阿修羅として、

見る者に安らぎを与えてくれている。

60年の鬼阿修羅、1800年の心阿修羅。

だから、甘寧、本当の君は優しい心阿修羅なのだと、僕は言いたいよ。


三国志の英雄、国宝仏像の心阿修羅。

その両者が「甘寧」という一人の人物に重なっているように思えて、僕はこうして物語を描くよ。



「破壊の甘寧」 完






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