小説「後悔の海に溺れて」4話

過ちの連鎖




――もうすっかり明けているらしい。

昨夜は空が白むまで愛し合っていたから眠るのが遅くなってしまった。

明り取りの戸から太陽が差し込んでいる。


昨夜抱き締めながら眠っていた妻を振り向くと、床には妻の姿はなく、

干乾びた骨と寂れた着物だけがあった。

男は驚愕のあまり部屋を飛び出した。

何故かあの海の白砂が飛散している寝床をもう一度よく見てみたが、やはりそれは本物の骨だった。





――うとうと眠っていたら夢を見た。この島の生態系が眩しく輝いている夢だ。

子供の頃に見たこの島の姿が、今ここに復活している。

島の子供たちがそこで遊び、大人たちは歌って踊っている。

走り回っている子供の一人は、空港完成と同時に生まれた自分の息子だ。

島の平和な暮らしがあった。嬉しい夢だと思った。


「父ちゃん、父ちゃん!」

騒がしい声に起こされた。その自分の息子と友達がこっちに駆け寄ってきた。

「父ちゃん、怖いよ、すっげー怖いよ!」

「何だ。さっきの話か?」

「そう、聞いてよ。さっき逃げたでしょ?怖くて逃げた?でも聞いてよね」

「別に逃げてないって。さっきの続きだろ?」

「そう、父ちゃん逃げても僕たちが聞かせるんだから!

朝になるとその前の奥さんがミイラになっていたんだ!

ミイラと一緒に眠っていたんだよ!」


「それで、その男の人が怖くなって、隣の家にこっそり聞いてみると、

前の奥さんは旦那さんに捨てられたことがショックで病気になって死んじゃったって。

親戚もいないから誰もお葬式してあげなかったって。

それが幽霊になって出てきた、ってこと。

あー怖い。夜トイレ行けないじゃん」

「あー僕も。怖いねー。でも、みんなに話したらすげー怖くさせられるかも。

よーし、おじさんにもう一回聞いてこよう!」

そう言いながら子供たちは家に戻っていった。


そんな話を聞かされたらすっかり酔いも覚めてしまった。

立ち上がり、ふと改めて周りを見ると、幾分か潮臭くなった砂浜からは

いつも夜に歩いていた小さな蟹の姿がなくなっている。

波に洗われた白砂に蟹の巣穴はなく、変わりにプラスティックの空筒が埋もれていた。

対岸の集落付近のネオンが眩しく、夜の星は明かりを吸い取られているようだ。


あぁ、時間は歩き、物事は姿を変えてゆく。

まだこの浜辺を海亀が産卵のため訪れることはあるのだろうか。

この海面下では、カラフルで多種多様な魚たちが神秘の珊瑚礁の森でまだ泳いでいるのだろうか。

さっきまで俺は夢を見ていたのか。

この島の美しかった海が、骨皮だけのように貧しくなり光を失っていた。







――実に怖ろしいことではないか。

恨みの残った亡霊がそこに留まっていて俺に抱かれたのだろう。

あいつは無抵抗だったから、捨てられたらそれに黙って従うしかなかった。

それでもまだ俺を愛してくれていたからこそ、あんなに美しい姿をして現れた。

そんなあいつが、抵抗すらできないまま無惨に朽ち果てていった姿を

想像すると重い罪の意識に沈んでゆく。


みんな同じ過ちを繰り返すと先人たちは言う。

どこかで読んだ失意の物語も然り、どこかで聞いた失恋の唄も然り。

人の過ちの連鎖だらけだ。

あぁ、俺が悪かった。全ては俺の過ちだった。


何ができるだろう。これから俺に何ができるだろう。

間違った俺は後悔の海に溺れるだけ。

どうかこの海の深さを知って欲しい。


白砂の乾いた音に混じって声が聞こえる。

「――きれいな海が見たい、あなたと一緒に」

そんな心の声が、今の俺にははっきりと聞こえてくる。



「後悔の海に溺れて」 完



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