小説「狂い咲き」1話

不動明王




素直な気持ちを、ちゃんと伝えることができれば、世の中はもっと幸せに溢れる。

想いを伝えられないことが、誰もの幸せを抑え込んでいる。

そのことを、私はある仏像を通して教えてもらう機会に恵まれた。


私は今、日本の美を専門に取材する「ケンボックス」という雑誌社で、仏像特集を組んでいる。

仏像っていうと、なんか年季の入った趣味って思われるけど、いいえ、こんなにお洒落な趣味ってないよ。

仏像の中でも、私が注目しているのは不動明王ね、不動明王。

破壊と救済という対極を合わせ持った、なんとも華やかで眩しい存在。






今日はカメラマンを連れて、京都の東寺に来ている。

東寺には有名な不動明王がいるから、その魅力を伝えるためなら、私は日本中どんなお寺でも回りましょう。


ねぇ、ちょっと不動明王のことを語らせてもらってもいい?


あなたもきっと見たことがある。

不動明王って、すごく外見が怖いやつ。

周りに睨みを利かせて、口からは牙が飛び出し、手には刀剣を持ち、

背中で怒りの炎が燃え上がっている。

見るからに怖い人、始終怒っている頑固オヤジみたい。

しかも怒り方がプリプリ、って感じじゃなくて、ガーっていう風に、心の底から本気で怒っているの。

子供が見たら泣いちゃうんじゃないかってぐらい、本当に怖いのが不動明王。


何が羨ましいって、不動明王は自分の感情に子供のように素直なの。


でもね、ちょっと調べれば当たり前かも。

だって、不動明王って、童子の体型をした仏像なんだもん。

寸胴の体型はまるっきりおこちゃまでね、

悟りをひらいた仏様ってイメージじゃないから、なんか愛着を感じる。

一見、怒りまくっているおじさんかと思ったのに、子供なんだから、

自分の感情に素直っていうか、純粋なのも自然だよね。


インパクトが強い仏像だなぁ、って思って更に調べていくと、面白いことが続々。

怒りと破壊のイメージを前面に出しているくせに、不動明王は人々を救済する役割を持った仏様だった。


大日如来という、誰もがははぁ〜って手を合わせたくなる

ソフトタッチ系のありがたい仏様がおられる。

世の中には、そんな仏様さえ無視してしまう、

聞き分けのない人たちもいるけど、そういうマイナーな人たちを、

強引に説得して仏の道に感化させてしまおうと、

大日如来が送り込んだハードなメッセンジャーが、不動明王。





怖い?押し売りみたい?

でもね、仏教の考え方では、不動明王がいるからこそ、

あらゆる人々が救済されることができる、と言われているの。

いつまでも自分の常識だけに固執して、大海に目を開かない人っているでしょう。


不動明王の目的は、そういう視野の狭い人たちさえも救済すること。

ただね、やり方がちょっと強引で、強面と炎と剣で脅して、

最初は無理矢理、そして次第に仏の道に引きずり込んでしまう。

結果、その人がきっと幸福になれるんだから、

まぁ、不動明王は必要悪っていうか、世の中には欠かせない存在なのかもしれない。

仏様たちの、ソフトとハードの使い分けってことね。


自ら心を開かない人たちに、世の中の大半の人たちが良いと思う、

おおよそ善良なものを強引に教え込む。

うん、それは分かるよ、私の周囲にも無理矢理でも引っ張り込みたい臆病者っているから。

分からないのは、不動明王がどうしてそんな辛い憎まれ役を買って出ているか、ってこと。

何かそこに私を魅せるものがあって、不動明王の存在が、私の胸をドキドキさせていた。



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