小説「狂い咲き」3話

東寺 不動明王




不動明王探しの旅、今回は最後の大物のひとつ、京都の東寺を訪ねていた。

そもそも不動明王といえば東寺のものが有名だけど、

私は最初に運慶が創った願成就院の不動明王に惚れたクチ。

他を見終わってから、最後に時代を遡るような形で

クラシックな東寺の不動明王を見よう、と東寺を残していた。


東寺に入ると、五重塔が見えてくる。

東海道新幹線の車窓から見える五重塔に、いつも京都を感じていたけど、

近くまで来るとこんなに大きくて立派な五重塔。





同行しているカメラマンの咲希さんが、心地いい音を立てて、シャッターを切っている。

散り遅れの桜がまだ残る春の一日。

桜の季節は桜の名所の取材に行け、って上からうるさく言われるから、

しばらく仏像特集はお預けだったの。


木造建築物に、季節の移ろいが重なる、その組み合わせは本当に美しい。

自然美には、誰も叶わないのは当たり前。

自然美と一緒に写真に収まって美しいのは、女性のポートレートぐらいでしょう。

人工物で自然美と共演できるのって、木造建築物が唯一、それに応えられると思う。


だから、お寺の木造建築物に紅葉や桜がかかる写真って、私は大好き。

美しいものだから好き、でもその光景を見るたびに思い出すことがあって、ちょっと辛いんだ、私。



私には、京都の秋で思い出す人がいる。

忘れられない苦しい思い出のこと、ケンというカメラマンのこと。


ケンとは会社の同僚として出逢った。

京都の宇治近くにある「ケンボックス」で、

私は企画・編集・文章を担当する社員、ケンは専属契約の風景カメラマンだった。


ケンが入ってきて以来、私たちはチームを組んで取材を担当していた。

春が好きというケンに合わせて、高台院大覚寺の桜を撮りに行った。

奈良の長谷寺の花の回廊を歩いたり、吉野山の桜も撮ったし、

京都や奈良の桜の名所は一通り回ったんじゃないかな。


私の記憶に一番残っているのは、秋の常寂光寺

常寂光寺の紅葉は、山自体が燃え上がるように、紅葉色に染まっていた。

ちょっと不吉だけど、火事真っ最中のお寺の中を

透明人間になって歩いているようで、本当に素晴らしかった。

私もケンもあまりに感動したから、

「常寂光寺が、京都一番の紅葉名所!」なんてタイトルを付けて記事にしたら、

結構色んな方面から賛成と、反対をいただいたな。

思えば、私の秋好きは、あの常寂光寺の紅葉から始まったと思う。

今となっては、いい思い出。





今は、社員の女性カメラマンの咲希さんと組んで二人で取材に回っている。

彼女はストレートな性格で、興味の向くまま、派手な調子でシャッターを切っている。

カメラマンでも性格でこんなにやり方が違うのね。

思えば、ケンは自分の気に入ったものだけに絞って、穏やかに写真に収めていたと思う。


ケンは言ったよ。

カメラは、正直な気持ちや、ありのままの美を映し出すことができる。

そこに言葉はいらなくて、カメラを通して対峙した時、人や物の表情に、その個性が現れる。

特に春には、命の息吹きが一斉に咲き乱れる、その美しさに圧倒されるから、僕は春が好き。

春の桜が、僕の心を一番引き付ける。


人間だったら、言いたいこととか、やりたいことも隠して生きなくちゃいけないけど、カメラに映るものは違う。

そんなことをいつも思いながらシャッターを押しているよ、ケンはそう言っていた。





その後、親会社の雑誌社の経営が危なくなり、

子会社の「ケンボックス」も例外なく専属契約の人は切って、社員だけで運営しないといけなくなった。

どの社員カメラマンよりも優秀なのに、ケンは契約を打ち切られることになってしまったの。

まるですれ違いの最後を望むかのように、ケンは何も言わずに去っていってしまった。

ずっと一緒に仕事をしてきたんだから、もっと私のことを頼ってきてくれても良かったのに。

ケン、あなたは強い人だから、私なんかは必要とはしていなかったのね。


会社の決定だからやむを得ないにしても、

ケン、私はあなたがいなくなることが本当に悲しかった。

あなたが今までしてくれたことに感謝していたし、大切なパートナーだと思っていた。

でも私には、なかなかそれを伝える機会がなかった。

伝えたい気持ちを伝えられないことのもどかしさ、

伝えられなかったことの後悔が、冬の森のような深さで私を包み込んでいた。



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