小説「狂い咲き」5話

曼珠院 黄不動




季節は初夏を迎えていた。

お陰様で、前回書いた春の特集・東寺の不動明王の記事は、

幾らか反響があり、明るい話題を振りまくことができていたみたい。


あれは曼珠院に黄不動の掛け軸を見に行く時だったかな、

暑い暑いとぼやきながら運転する私に、カメラマンの咲希さんは

私の書いた東寺特集をパラパラとめくりながら、こんなことを聞いてきた。





ねぇ、四季、あなた、こんなこと書いてる。

「本当は誰でも、一番言いたいことを隠している。

不動明王のように強い信念を持って、あなたがその人に真情を伝えられれば、

毎日はもっと美しくなるのでしょう」

あのね、四季、なんか他人事みたいに誤魔化しているけど、

あなた自身のその本当に言いたいことって何なの?

私には話してくれるのでしょう?


どきっ、とした。


ためらいはあったけど、曼珠院の廊下を歩きながら、

ケンっていう人のことを咲希さんにしゃべっていた。


私はね、ケンにちゃんと向き合って感謝の気持ちを伝えられなかったことが、どうしても心残りなの。

連絡先を知らないわけじゃないけど、それだけのために逢うのも変だし、

大体もう時期を逃しているから、今更逢いたいって言うのもおかしいし。


彼女が「ケンボックス」に入社してきたのはケンが辞めた後だから、

彼のことは知らないはず。

誰のことか説明もしていないのに、私がペラペラと自分の気持ちばかり

話すものだから、彼女には何のことか分からなかったでしょうね。

でもそこは優しい咲希さん、曼珠院の素敵な回廊に

ファインダーを合わせながらも、聞き流すように?話を聞いてくれていた。


あのね、咲希さん。

ケンは春の写真が好きだったけど、私は秋を愛でているの。

それだけで分かるでしょう?

二人は、決して交わることのない、別々の季節のような存在。

こんな情けないことを言っちゃうけど、一度接点を失うと、違う属性が交わることってないのよ。

いつか再会できる、と甘く考えていたけど、あれから全然接点ないもーん。

後悔ね、後悔。

ひたすら後悔です、恥ずかしいよ、私。


曼珠院門跡は、紅葉の名所って聞く。

夏の始まりだから、その面影もないけれど、それでも門跡の緑色は素晴らしい輝き。

秋の華やかな景色を瞼の裏に思い描きながら、私は木々のざわめきを聞き入っていた。





咲希さんは、門跡と苔の写真を撮ることに夢中みたい。

小さな女の子がママの後ろにくっつくみたいに、私も彼女に後ろについて話し続けるの。

邪魔って言われないから、いいと思って。


大げさに言わせてもらうと、私は秋の紅葉、ケンは春の桜。

季節の代表格二つに例えちゃって、だいぶ恐れ入りますけど。

だから、そんな二人が同時に交わる方がおかしくない?

ほら、紅葉と桜が同時に見れるなんて、あり得ないでしょう?

残念ね、元々交わることのない二人だったから仕方なかった、それだけなのよ。


咲希さんは、私のぼやきを聞き流すように、付き合ってくれた。

ありがとう、聞いてくれなくても、こんなこと口にできただけでも、いくらか気分が軽くなったよ。


聞いていないと思った咲希さんなのに、帰りの車の中で、また突然こう言った。

「四季、あなた、そのケンっていうカメラマンが好きだったんでしょ?」


えっ、そんなことはないよ、ケンにはそんな気持ちはないもん。

ただ何か懐かしいっていうか、伝えたい気持ちを伝えられなかったから、

どうも気持ちがすっきりしない、それだけのこと。

好きとか嫌いとか、そういう感情じゃなくて、ただ、なんだか空しいだけ。


ヘンなことに、慌てて否定していた私。

咲希さんはハイハイ、って聞き流しながらも、最後にこう脅した。

「あ〜、何のために不動明王巡りをしてきたのかなぁ〜。羂索、拾おうよ〜」



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