小説「狂い咲き」7話

小原四季桜




秋、待ちわびた紅葉の季節。

この季節だけはお休み返上で、私も京都や奈良の紅葉名所の取材に出かけっぱなし。


ある日、珍しく咲希さんからお誘いがあって、取材に出た。

どうしても撮りたい場所がある、地元の愛知県の紅葉名所だから、って、

今回は不動明王はお預けってことも聞かされて、彼女は高速へと車を走らせた。


足助の香嵐渓かしら?

そこは東海地区の紅葉名所として有名だから、私も名前だけは知っていたけど。

そう思っていたのに、香嵐渓とは違う方向に車は向かうじゃない。





豊田市の小原地区っていうローカルなところに入ると、

季節柄、道脇の紅葉は深まっていて素敵だけど、

ふと目に入ってくるのは、咲いている薄紅色の花。

あれは何?何の花なの?こんな季節に咲く花なんて珍しいよ。

えっ、何?何?何なの?って聞く私に、咲希さんは応えてくれず、ただニコニコしているだけ。


車が小原の町中にさしかかると、道端にあるのぼりに

「小原四季桜祭り」とあって、その花が四季桜というものだって分かった。

四季桜、とは?

まさか、本当に秋に咲く種類の桜があるのかな。

なかなか想像できなくて、どうも騙された気分で一杯。


多くの人が集まり、小原四季桜祭りの会場は賑わっていた。

車の窓ガラス越しに見たのは、紅葉の赤黄に、桜の薄紅が重なっているシーン。

目を疑うような光景だったから、早くもっとこの目で見たかった。

名古屋出身の咲希さんだから、きっと詳しいことを知ってるはず。

駐車場に着いたら、すぐに案内してもらおうと思っていたのに、

彼女はいきなり「写真撮ってくるから、また後でね」って言うなり、さっさとどこかに行ってしまった。





あらぁ?

ちょっと困るじゃない。

記事の文章も考えなくちゃいけないのに、あの桜が何なのかのヒントも貰えないままは厳しいよ。

仕方ないからウロウロとお祭り会場を歩いても、あの桜が何なのかは分からないし、

行列に釣られて五平餅を買って食べたら美味しかったけど、もうちょっと真面目にやらなくちゃ。


さて、これはお仕事よ、どういう風に記事にしよう。

まずはじっくりあの景色を自分の目に焼き付けることかな。

そう思って、紅葉と桜が交わっている所を歩いてみる。


意外ね、本当に不思議っていうか、意外。

桜は小ぶりだけど、紛れもない桜。

春にしか咲かないと思っていたら、桜なのに紅葉が最盛期を迎えている

この11月に、咲くなんて。

これはカメラに収めたくなるでしょう。

咲希さんの姿は見当たらないけど、

他にも沢山のカメラマンがいて、シャッターを切っている。


黄色に眩しく輝く一本の銀杏の木が、際立っている。

思わず見入っていたら、銀杏をはさんで対岸にいるカメラマンのことが気になった。

見覚えのあるシルエット。


静かに集中して、でも夢中でカメラを構えている姿、そう、あれは間違いなくケン。





どうして??

私の頭はすっかり混乱してしまった。

まさかこんな場所でケンを見かけるなんて、ありえないことなのだから。


乱れて、数秒間の空白が空いたと思ったら、私の頭は意外な冷静ぶりで、事態を悟り始める。


あっ、咲希さんがカメラマンつながりで、同じ日にここに来るように仕組んだのね。

そうよね、京都や奈良ならまだしも、愛知県のはずれのこんな場所で

偶然に出逢うはずがないもん。

駐車場に着くと逃げるように別行動した彼女の理由が分かった。


咲希さんが偉そうにこう言おうとしているのがイメージできた。

ほらね、春と秋が奇跡的に交わる一瞬ってあるのよ。

ここ小原では、四季桜が春と秋に咲くし、秋には紅葉の最盛期と一緒に、秋の大輪を咲かせる。

一体誰よ、桜が春にしか咲かないって決めつけた、狭くて小さな人は。


愛知県にそんな奇跡の場所がある、彼女はそれを知っていて、

こんな衝撃的な場面を私に見せてくれたし、そこにケンを呼んでいたのね。


動転の後、どうしたことか、すっかり自分に返っていた。


私はどうすればいいのだろう。

まだ私の姿に気付いていない彼のことを、遠巻きに見ていればいいの?

ケンから気付いて、私に声をかけてくれるのを待っていればいい?





出発の前に、ずっと渡し忘れていた、と言って咲希さんは東寺のお守りをくれた。

きっと、ここで私に不動明王の力を借りさせるために、彼女はこれを渡してくれたのでしょう。

何もかも彼女に仕組まれている気がする。


いいえ、ここは遠慮なく、不動明王から力を貰おう。

そうだよ、これ以上幸せを逃さないために、時には不動明王となって、

怒りに身を震わして、強引に進めるのも大事なことなのだから。


決して交わらないと信じ込んでいた桜と紅葉が重なる瞬間を目にしたら、

今度は私が狂気を見せる番じゃない。

好きだから好きだと伝える素直な力を、私は今この四季桜の中で持てる。





ぐっとお守りを握りしめ、走るようにして近寄ると、私はケンに声をかけた。

驚くケンの横顔なんて、もう構っていられない。

ちゃんと伝えたいことを伝えなくちゃ。

突然とか場違いとか、そんな悠長なこと言っていられない。

私には、私には不動明王がついている。


「ケン、ケン。わたしよ、四季よ・・・。ケン、分かる?分かる?」



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