小説「光秀95%」1話

光秀95%







「兵数は武田家の倍で20%の勝率に相当。

戦略は上がり目の織田家と下がり目の武田家で20%。

3重の馬防柵で10%。鉄砲で10%としたいが、天候次第で0%になる。

まだ50%の勝率しか私には見えていない。

光秀、まずはここまで、君の直感ではどうだい?」


手短に言うと、信長は光秀の意見を促した。

突然の言葉と数字の羅列。それだけで光秀は解読できることなの?


「いいね。後は残り半分の切り崩し方か。

雨は人の力で左右できなくても、鉄砲の10%は知恵で確保しよう。

加えて、敵の調略で10〜20%は稼ぎたいところだ」


一息空けるとすんなりと言い返した光秀。戸惑いの色はない。


岐阜城での軍議の後、しばらく時間を置いて信長と光秀が一対一で向き合っていた。

狭い部屋、薄明り、無音、紙と筆。

密議のつもりなのかな?共に表情は生き生きして見える。


「一言目から難題を返してきたね。同意見だ。

ただ、雨も調略も苦しい。敵に手は打ってあるが、裏切りのサインを示してきた者がいない」


「戦略はこちらに利があるのに調略が通じない?常道外の相手だ」


「そうだよ、武田家とのこの戦では勝敗の駒に限りがあるようだ。


それはともかく、全要素を合わせて勝率を80%まで上げなかったら開戦はない。

ちょっと、円に描いてみてよ、光秀」


優しい面持ちで信長が尋ねると、光秀は嬉しそうに筆をとった。


「よし、今の状況を紙に落としてみよう。この瞬間、俺は生き様を感じるよ」

そう言うと光秀は円グラフを描き始めた。

兵数20%、戦略20%、馬防柵10%で50%確定。

調略20%、鉄砲10%、不足20%で50%が未確定。





二人は覗き込むようにして〇に指を這わせる。


「ひとつひとついこう、信長。

倍の兵を揃えると言ったけど、倍あればそれだけで勝率50%をカウントしてもいい。

毎回の君のこだわりだから尊重するとして、厳しいよ。20%はとても低い評価だ」


「光秀、そこはね。戦は多くの命のやり取りになるから、甘い算段はしたくない。私のこだわり。

3倍集めれば40%の評価をしてもいい。ここから更にどれだけ集めるかは考えておくよ」


平静の中の言葉なのに、信長の主張は恐ろしい中身。

野戦では倍の兵力差があれば確信的な勝因になるはずが、信長の評価はたった20%。

一体どこからそんな厳しい判断を持ってくるの?


光秀もこの点はもう少しポイントを加えてもいいのではないかと思う。

武田家という格別の強敵を考慮して若干の減点はあり得るとしても。

兵数を揃えることの工数と費用を考えれば、それが勝率20%にしか評価されないなど、

他の部将たちが聞いたら怒りそうな話だ。


それでも、信長コンピューターが算出した数字を割り増す必要はどこにもないと光秀は分かっていた。

数値化される勝率。信長には実績がある。軍師いらずの君。



「戦略の20%は妥当だと思う。

この先、織田家は黙っていても勢力が拡大していく一方、

武田家は尻つぼみだから戦機は織田家にある、という理解で正しい?」


「正確だ、光秀。それが何を呼び込むか。

私たちは戦場に出ても、好機がない限り開戦せずにすむ。

調略成功の確証を得た後で戦えばいい。雨が止むまで待って鉄砲を活かせばいい。

三河と徳川家を守るだけでいい。

他方、武田家はどこかで突撃し、勝ちをもぎ取らなくてはならない。

膠着の後で損害なく甲斐に戻ったとしても、状況が好転しないことぐらい、勝頼も分かるだろう。

逃げは彼らの滅亡に等しい」


朝倉家・浅井家は討った。

将軍足利義昭を追放し、長島一向衆を制圧したことで、石山本願寺は弱体化させた。

織田家にとって直近のライバルは武田家を残すのみ。

その武田家にしても、絶対的主柱だった武田信玄はもうこの世の人ではない。


それは信長にも弱みはある。

今回こそ徳川家を救わないと東の守りが崩れてしまう。


昨年の武田家侵攻では、高天神城への援軍が間に合わなかった。

50万石の徳川家が130万石の武田家を自力で防ぐにはそもそも無理がある。

徳川家を窮地に追いやって、両家が和睦でもしたら困るのは信長だ。


織田家を500万石の超勢力まで拡大させた一番の原動力は、信長の独自性。

君の感性を信じることだ。下の誰からの突き上げもない絶対的な君主、

しかし常に楽観や油断はなかったと家臣が口を揃える。

プレッシャーは君自身が課していること。


ねぇ、信長。君はいつ誰にどこで習ってそんな総合力を得たの?

どうしたら聞き出せるのだろう。光秀は今回も口に出せなかった。


君臣の間柄を越え、異様な絆で結ばれた同志だとしても、そんな会話は不要かな。

俺たちには勝ちという冷徹な結論さえあればいい、途中の細かなことには興味ない、必要ない。



戦術は当日その場の判断になるから、事前のシミュレーションが大切。

光秀は言葉を多く信長に問いかけ始めた。


「ポイントは馬防柵と鉄砲をどう使うかじゃないかな。

いくら馬の業に長けた武田家でも、3重の馬防柵が組んである陣に備えなく突撃する愚はしないだろう。

武田家にも相当数の鉄砲はあるから重要性は承知している。

鉄砲で長槍隊を怯ませ、その隙を突いて騎馬が道を開く戦法は武田家も同じ。だから・・・」


「鉄砲3,000だぞ、光秀」

遮った信長の一声。


明智光秀鉄砲


「!」


それは光秀も声を出せなくなるぐらいのサプライズだった。

200丁を入れた長篠城でも徳川家にある鉄砲の大半をつぎ込んでいるし、

1,000丁もあれば相手を寄せ付けない最高の武器になるのに、その3倍の鉄砲を信長はどうしたと言うのか。


天文学的数字を耳にして光秀は少しの疑いを持った。

水増ししていないか?8年前、稲葉山城制覇の時で1,000丁だったはず。

言葉を発せなかった光秀に、さすがの信長も何かを感じたらしい。


「本当に鉄砲3,000丁だ。

各地の守備に数を割いた上、硝薬も撃ち手も整え、次の戦に持って行ける実数の鉄砲が3,000だ。

鉄砲に期待するものは、音による敵への威嚇、味方が騎馬隊を怖がらなくなること、

この二つの心理面だけ。驚いたのか、光秀?」


「それは驚くよ。信長、そういう発想はどこから出てくるの?

3,000丁もの鉄砲をどう活かしていいのか、俺にもすぐにはイメージできない」


光秀の声は震えていた。

そんな大数、誰に相談すれば叶えられる夢なの?虚構じゃないの?自分の目で見たの?



いや、待てよ。

とてつもなく嫌なことに光秀は気が付いた。


その桁外れの3,000丁の鉄砲を活かしたとして、たった10%の勝率だと信長は言い切ったのか!

それも鉄砲による直接攻撃は計算外?

発砲音が両軍へもたらす心理効果しか期待していないだと?


もう光秀にはワケが分からない。

3,000丁を叶えるハードルの高さと、10%の評価の低さ。


バランスを欠いたそのふたつを思うと、光秀は眩暈がしてきた。



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