小説「光秀95%」2話

設楽原 鉄砲3000丁







「光秀は一言目に鉄砲を活かせと言った。どんな感覚なのか教えてよ」

信長が興味深そうに聞いてくる。

3,000丁ショックからまだ立ち直っていない光秀だったが、ゆっくりとした説明を自分の脳に任せてみた。


「同等数の鉄砲しかないと武田家は思っているはず。

1対1.5や2の違いはあっても、1対5や1対10になるとは想像していない。

鉄砲の効果は相打ちというか、大差はない、勝敗を左右するものではないという認識だろう。

すると騎馬隊で戦国最強を喧伝する武田家は、

突撃の機さえ得れば勝ちを呼び込めると過信する。誤認する」


努めて冷静に、光秀の脳はしゃべってくれた。

「良い読みじゃないか、光秀。

その騎馬隊を防ぐのが馬防柵で、私は通常の3倍、馬防柵を3連にして構えるから、

騎馬隊の速度と威力を削ぐ。

鉄砲で直接殺傷できる数は期待外、一斉射撃で相手に大打撃を与えられる時代はまだ先。

今回は鉄砲の音が心理面で優位に働いてくれればいい。

そこまでいってようやく、兵数の多寡に勝敗が転がってくるはず」


信長は慎重。それでいて、知恵と根気を絞って負けない戦略・戦術を創り出そうとすることに大胆。

白と黒、水と油を兼ねる。

光秀は特異なアイディアに走るタイプに見えて、小心者で常識人。

流儀が違うため、二人は互いを永遠に分かり合えないことを分かり合っている。

ただし、異なる道順を辿ろうとも、双方が真剣に織田家を考えていることを理解し、尊重し合う仲になった。


「武田家の主軸は長槍。馬と同じく飛び道具で圧倒しないと面倒な相手だ。

馬にだけ有効ではないよ、鉄砲は。

足軽は音で脅せば、前に出れなくなる」


「突撃してくることが間違いない強敵をどう受け止めよう?

雨で鉄砲が使えない時に当たったとしても、必ず勝つ方法。

3倍の馬防柵というのも前代未聞の戦術だが、きっと他にも何か上乗せできるはずだ。

互いの考えを話す中で先が見えるよ、信長」


二人でガチャガチャ言い合えば才覚の欠片が出る。

その過程では愚かな事を言っても構わない。

良策を出す議論とはそういうものだと光秀は思っている。


明智光秀鉄砲3000丁


「光秀、やはり工夫の余地がある。ここぞという時に敵を調略で崩したい。

外部からではなく、敵内部から破壊させるほうが簡単なはず。

調略だろうよ、決定的な一打は」


「調略なしだと、敵の突撃は無制限に織田家を襲う。

相手に致されるままではいけないね。

君が言うように誰かに武田家の足を引っ張ってもらおう。

調略は強力に進めるのが得策」


「よし。調略の必要性は符合した。

あとは突撃に抗する緩衝材をどう強化するか」


「今一度。俺たちから正面衝突を受ける必要性はどこにもない。

罠を仕掛けて待てばいい。引き分けは織田家の勝ち。

時間さえあれば四方に領土を広げ、圧倒的な力差を得ることができる」


「その考え方だ。攻めなくてもいい、負けないように防げばいい。

鉄壁を敷くまでさ、光秀」


光秀は信長の言葉に納得していた。

その考え方さえ軍議で細かく説明してくれれば部将たちも納得できるのだが、

この君主の良いところであり悪いところ、自分一人の腹に秘めて開示しない。

自己本位、あるいは自己管理。


見方を変えれば、信長一人の頭の中で戦略も戦術も組み立て切るのだから、情報漏洩が起こることがない。

味方の裏切りを防ぐという意味では最高の方法だが、それは常人にできることではない。

急拡大している織田家のかじ取りの大半を一人の頭の中で行うなど、

スーパーコンピューター並みの能力が必要とされる。

光秀にしゃべるのは、重臣の一人としての明智光秀に話しているのではなく、

意気投合した友垣である光秀に話しているまでのこと。

軍師不要のトップ、ただし最後の結論は決して間違わない当主を織田家は持っている。


「なるほどね。守り前提であればシンプルじゃないか、馬防柵の中で鉄砲を頼りに守勢に立つってこと?」

「そう。野戦ではなく、籠城戦をする」

信長が頷く。この男はまた何か唐突なアイディアを持っているようだ。

「籠城戦!また新しい説を出してきたね。

野戦なのに籠城戦?倍の軍勢があるのに?

聞いたことがない。

だが、それであれば陣を敷く地形が勝負になる。

目星はあるのかい?今からでも誰かを派遣して探せば遅くはない」


「先駆けて2月から佐久間信盛を通じて調査済みだよ」

涼しい表情で言い放つ信長。光秀の上を通り過ぎて、空へ天へ。

「えっ?もう場所も決めているの?」

「そうだよ、設楽原という窪地に決めている。

山と山の間、狭い盆地の真ん中に小川が流れている。両

軍はそれぞれ東西の山に布陣して対峙する。

武田軍は山を下り、川を越え、沼田を駆け上がりつつ私たちの馬防柵に攻めかかるイメージだ」

「また凄いぞ、信長。我々は野外に居ながらにして籠城をするシナリオを最初から描いていたのか?」

「そこまでは読み切った。籠城で耐えた後、敵の退却を待って追討で成果を上げる。君はどう評価する?」

光秀には驚きしかない。

単純に倍の兵数を動員することと、鉄砲を多用することで勝利を呼び込む策かと思いきや、

加えて野戦での籠城を考えているとは。

そんな都合の良い戦い方ができるとも限らないが、

今の織田家と武田家の立ち位置を考えれば無理とも決め付けできない。

織田家は自ら攻める必要がないのだから。

話が違ってくるぞ、勝率を読み直さなくては。



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