小説「奈良アートボックス」1話

奈良アートボックス




これが今の私にできる、とびっきりのアート。

美しいものに美しいものをイメージで重ね合わせていたとき、私は閃いた。

アイディアに生命が吹き込まれた瞬間。


月灯りの東大寺に、ミュージシャンと仏像、山焼きの炎と千人の観客を集めたら、みんなで手を取って、

奈良の大仏様の周りを歌いながら歩こう。

それが私の美しい空想で、勇気を振り絞って会社に提案してみたら、本当に私が企画することになったの。

信じられない。ホント、夢みたい。

そんなアートの香りがする仕事を私の手で実現させる、と思ったらあまりの光栄さに肌が震えてきた。





私は広告会社「ケンボックス」で企画の担当をしている。

いつもは企業広告ばかり。

もっと現実的で、もっと企業利益に直結したもの。

言葉を活かす、という意味でそれも悪くないけど、実務に追われる会社生活の中で、

私はいつしか空想的なアートを求めるようになっていたみたい。


でもこんなクリエイトな企画の経験なんてないよ。

周りの誰も突飛過ぎて理解できなかったけど、広告担当の役員と話をしていたときに、

このことを話したら興味を持ってくれて、提案書にまとめたら役員一人の権限で採用してくれた。


だから普通じゃないよ、このお話は。

職場から段階を経て上がった着実な提案じゃない。

私一人のプライベートなアイディアに、気まぐれな役員がOKを出しちゃったような、

そんな事故性の高い生い立ちなの。


私の心は震えた。

やってみたい、実現させてみたい。

これってきっと人生の中でも滅多にない、流れ星のようなチャンスなのでしょう。

心にある詩的な部分を惜しみなく出し切れば、この企画も必ず実現できる。

どこにも根拠はなかったけど、私はそう信じて疑うことがなかった。

ぼんやりとしたイメージをなんとか形にしようと最初に奈良を訪れた時から、

予知していないことばかりが重なる旅になった。


私が「奈良アートボックス」と名付けたこのアイディアには、

本当に個人的なこだわりばかりが詰まっていて、是非とも参加を呼びかけたい方々がいた。

それは奈良のお寺の仏像たちで、普段はそれぞれのお寺で人を説いている彼らに、

なんとか一同に会してもらって、舞台を創ってみようと思っていた。


仏像ファンっていう私的な趣味もあるけど、

それ以上に美しいものを美しい場所で見てみたいという美意識の表れのつもり。

もちろんそれって簡単なことじゃないよ。

一人一人が絵舞台の主役になれるような仏像たちばかりを

集めようとしているのだから、余程魅力ある企画にしなくちゃ釣り合わないでしょう。

場所は東大寺だと決めていた。





奈良を代表する舞台で、何もかもを抱擁してくれる偉大な存在の奈良の大仏がいる。

仏像スターたちを数多く招いても、枠の器量が狭すぎては困るから、

それをクリアできる場所はどこかと考えると、東大寺しか思い浮かべられないのだった。

だから仏像たちが東大寺に集う、というイメージは最初から思い描いていたこと。


夢はそれだけじゃないよ。

そんな場所には歌が、音楽が欲しかった。

ミュージシャンたちを呼んで、それでみんなが集まったら一緒に歌って、一緒に歩くの。

時間は夜がいいな。お月様は必要だよね。

松明の灯りなんて素敵。観客たちも数百人限定で集めてみたい。

――なんか理想ばっかり。

奈良へ向かう新幹線の中でそんなことばっかり夢想していたら、

営利企業のビジネスだ、ってことをどんどん離れていって、

アートならどこまでも行けるけど、採算取れないんじゃないかなぁ、ってマジメに思えてきた。


たった一人だけ伝手があった。

以前に奈良で仕事をした時に、新薬師寺のバサラという仏像と出会った。

その彼が印象的だったから、私はこの奈良アートボックスをイメージしていたのだと思う。

まずはそのバサラに想いをぶつけてみて、そこから企画を創ってみよう。

バサラ自身がひとつの物語のように詩的な方だったから、

彼一人を中心にして、奈良の美しい部分を集めてしまえば

それだけで美しいものになるとは分かっていたけど。


私が創る、奈良アートボックス?

いいえ、私が何かを創り上げるなんておこがましいよ。

元々奈良に散りばめられている美しいものを、私が一箇所に寄せ集めてゆくだけ。

それが私の力だなんて馬鹿馬鹿しくて笑えてきちゃう。

素材の魅力を引き出せるかどうかが、私の仕事なの。

奈良駅からタクシーを拾って奈良公園の横道を走る。

狭い小道に入ると見えてくる、新薬師寺。





あぁ、ここだったわ。以前に来た時と何も変わっていないのが不思議。

門をくぐって本堂に入ると、いるわ、あの人。

沢山の観光客たちに囲まれていても、ただ静かな姿。新薬師寺のバサラ。

近寄って会釈をすると、バサラも返してくれた。

私は本堂を出て、訪問客たちが帰る時間を待つことにする。


秋の萩で有名な新薬師寺の庭園を散策していると、丁度二年前にここを訪れた時のことが思い出されて。

あれは昔から担当していた企業の広告依頼だった。

その会社にしかできない技術力で、千二百年前の仏像の色を復元しようという仕事があって、

演出や広告を担当させていただいた。

その復元対象が、ここ新薬師寺のバサラという仏像だった。



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