小説「奈良アートボックス」10話

伊藤由奈 Endless Story




三曲目は「Endless Story」。

イントロが始まってステージに出てきた徳永英明と伊藤由奈はすごく楽しそうに笑っていた。

仏像たちはまだ炎の櫓で歩いていて、徳永英明はそこに小走りで駆けて行った。

徳永英明と仏像たちが左右と手を取り合い、歩き始めたじゃない!

手をつなぐことで、徳永英明と仏像たちのひとつの円が出来上がったの。


「If you have a change of mind, 側にいて欲しいよ・・・Tonight」

ステージの上の歌姫が歌い始めた。

徳永英明と仏像たちはお経を合唱しながら、櫓を見て横向きになって歩いている。

なんかキャンプファイヤーみたいって私、思った。





「終わらないStory・・・続くこの輝きに・・・Always伝えたい ずっと永遠に・・・」

1コーラス目が終わると徳永英明が慌ててステージに戻って、

交代で伊藤由奈が仏像たちの輪の中に駆けていった。

「Memories world time together, 消さないでこのまま・・・Don’t go away」

今度は徳永英明が歌って、伊藤由奈が円を歩いている。

美しい現代の歌姫が、歴史の英雄たちと一緒に笑いながら輪を作るシーンって、

すごい綺麗な絵になっている。


私もそうだし、きっと千の観客たちもみんな感じていたと思うの。

あぁ、あのリングって美しいよ、私もあの手と手に参加したいって、

きっと誰もが思っていたはずよ。

その絵が主役と分かっていたのかな、ステージ上の徳永英明は静かに歌い上げていた。

「終わらないStory 絶え間ない愛しさで Tell me why教えてよ ずっと永遠に・・・」


間奏中に徳永英明がひときわ明るく声をかけた。

「観客の皆さん、みんなで歩きましょう!

次はみんなで奈良アートボックスを創る番ですよ!」

待ちに待った瞬間。

これがあると知らされていた千人の観客は、スタッフに誘導されながら大仏殿前に広がり出した。


「さぁみなさん、恥ずかしがらずに隣の人と手を取ってください。

みんながひとつの大きな円になりましょう。さぁ!」

私はステージ裏から一番乗りでダッシュしていたよ。

知らない人でも、千人の仲間となら誰でも嬉しいから、

恥ずかしさなんて忘れて隣の男性の手を取った。

みんなも互いに手を取り合い、あちこちで大きな線ができて、

その線と線とがつながり合っては次第に大きな円が出来上がっていった。





「さぁ、お経です。簡単なリズムだからすぐに覚えられますよ。

むむみょうやく むむみょうじんないし むろうしやく むろうしじん。

この言葉には、良いことも悪いことも永遠には続かない、という意味があります。

今宵の宴も、今宵だけ。すべてが変わってゆく毎日の中で、

それでも今宵だけは精一杯楽しもうじゃありませんか。

さぁ、このお経を唱えながら、輪になって歩きましょう。


じゃぁ、一緒に繰り返してみましょう、

むむみょうやく むむみょうじんないし むろうしやく むろうしじん。

もう一度、

むむみょうやく むむみょうじんないし むろうしやく むろうしじん」

徳永英明の音頭でみんなのお経の合唱が始まった。

ひたすら同じリズムを繰り返すお経だから、みんなすぐに覚えてしまって、

輪になった千人の観客たちがお経を口ずさみながら歩き出す。


櫓前の仏像たちは輪を解き、思い思いの方向に散ってゆくと

千人の輪の中に入って手を取った。

ステージ裏からも沢山の人が出て行ったよ。

槇原敬之が、Every Little Thingが、Salyuが、布袋寅泰が。

東大寺の住職や僧まで出て行ったし、イベントスタッフも数人を残して他は出ていかせたし、

警備員まで半数は参加させたんだ。

この私なんて遠慮なしに一番乗りだし。


千人の合唱が始まっていた。

圧巻のパワーで、それは隣の人との手を通して伝わってくるようなの。

円の先頭は大仏殿の中まで入ってゆき、奈良の大仏様を後ろから一周したと思ったら、

もう一方の円とつながり、これでぐるりと千人の丸円が完成した。

客席からステージを通って、大仏様の後ろからまた前へ、そして客席へ。

手を取ったみんなが揃って歩いてゆく様が、なんだか盆踊りのような楽しくて、

私はついつい大声でお経を合唱しながら歩いちゃう。


バンドの演奏は切れることなくて、それがあるから

お経も暗くならずにみんなの合言葉でいられるの。

「むむみょうやく むむみょうじんないし むろうしやく むろうしじん」

ホント新しいよ、音楽とお経の合作は。

それでいて奈良らしい古風なイメージを駆り立ててくれるし、なんて素敵な音なんでしょう。

面白いよ!この円を見渡してみれば色々な人たちがいるよ。


いつも学者風に眉を寄せてばかりいた戒壇院の広目天が、

笑いながらDANCE気味にHOPしているよ!

Salyuはいつでも笑顔の可愛らしいコ。

それがいつも以上に満面の笑顔で、あーぁ、あれじゃぁ頬の肉が疲れちゃうよ!

大体、笑いながらお経を唱えているお坊さんなんて見たことなかったよ!

円に加わっている若い僧が楽しそうにお経を歌っているのもいいよね!


面白いのは興福寺の阿修羅だよ〜。あれって反則よねぇ〜。

手が六本あるからって、周りの六人と手をつないで歩いているんだよ〜。

阿修羅にしかできない円の作り方!

このイベントでは子供は入場禁止だから、いい大人たちが盆踊りのように奈良の大仏を囲んで歩いている。

それは無邪気に、思い思いに楽しんで。





間奏の途中にはミュージシャンたちが交互にステージに立ち、

「例えば、誰かのためじゃなくあなたのために、歌いたい、この歌を。

終わらないストーリー、続くこの輝きに、Always伝えたい、ずっと永遠に」の部分だけを歌った。


まずはSalyuがステージに立って、その唯一無二の声で歌ってくれた。

それから持田香織の声も可愛らしくて素敵。歌いながらの頬笑みが魅力的ね。

槇原敬之の歌の上手さは群を抜いて光っていたよ。

布袋寅泰はロックかと思いきや、ロマン溢れる声色で歌いあげてくれた。


東大寺三月院の日光・月光は特別だった。

ステージに立った日光・月光が、この日のために練習してきたという歌声を披露したの。

息をぴたりと合わせ、合掌しながらこの二人が歌い上げたのを聴くと、

千人から歓声が上がった。

そこはもう完全に盆踊り会場の雰囲気。

言葉はいらない、お経があれば、バンドの音があれば。

何度も何度も大仏様の周りを歩いたよ、いいえ、まだ何度でも歩きましょう、歩きたいよ。


途中で私は思っていた。これって平和へのメッセージなのかな?

確かにこうしてみんなで一つの言葉を合唱して歩いていると、

平和の大切さを身に染みて感じることができる。

でもちょっと違うよね。それ以上にこの奈良アートボックスは、

ただ詩的なものだけを求めるみんなのアートの心が、

会場に溢れ出しているだけなの。


この時間が永遠に続けばいい。

徹夜踊りのように、もし朝までみんなで踊り明かせたなら。

許されるのなら、これがもっと多くの人数でできるのなら。


お経の途中で、バサラは思った。

ありがとう。

こんなに眩しい舞台は七百年ぶりの再会に相応しかったけど、

彼女にかける言葉がなかった。

一目逢えただけで充分。

千年の恋という思い出を愛して、僕はこれからも豊かに生きてゆける。

そう確かめられる夜になったよ。





お経の途中で、とある参加者は思った。

何?このイベントは一体何者?!

どんなアイディアで、どんなきっかけで、こんなモンスターみたいに素晴らしいイベントが生まれたんだろう。

仏像と、山焼きと、音楽と。

今まで結びつかなかったものを、こうして集めてみるとこんな素晴らしく互いが輝き合うなんて。

こうして実現される途中にも、参加者には分からない色々なドラマがあったのだろうな。


お経の途中で、伎芸天は思った。

バサラ、七百年かけてもあなたは変わらなかったのね。

言葉が足りないのよ。

この素敵な一夜みたいに、気持ちがあるなら饒舌なぐらいに語らなくちゃ。

今は別にそれを待っているわけじゃないし、私は今これで幸せだよ。

だから、ただひたすら過去系のありがとうを言わせてもらうわ。

お互いに、いい思い出の人でいられたらそれで最高だね。


お経の途中で、奈良の大仏は思った。

ほれ、わしの周りでみんなが踊っているぞい。

それ、随分と粋な演出なんてして、随分と楽しそうじゃな。

これ、頼むよ。次はわしも参加させてくれ。

こうして見てるだけなんて、我慢できないからなぁ〜!


尽きない合唱、私の頬を伝う涙。

感動ってあまり長くないほうがいいから、そこそこで切り上げて終わりを迎えさせるよ。

このイベントには三曲だけしか選ばなかったし、こうして全員で歩くのもせいぜい三十分だけ。

終わりは近い。


最後はあの人が歌って終わらせる。

ステージに立ち、マイクを持って、リズムを待って、あの人がいよいよ最後のメロディを歌おうとしている。


「みなさん、この奈良アートボックスはもうすぐ終わります。

一生残る思い出になりましたか?

この企画を創ってくれたケンボックスの長谷川明日香さん、

スタッフのみなさん、そして仏像の方々、ミュージンシャンのみなさん、

おっと、この東大寺の大仏様にも感謝をしなくちゃいけませんね。

そして最後に、参加していただいた千人の皆さん。

終わります。一瞬の美しい夢をありがとうございました」

徳永英明が精一杯の言葉で、この奈良アートボックスを締めくくろうとしている。

でも、あなたのその歌声だけで、それだけで物語は生まれて、終わってゆくから。

あなたは歌えばいい。さぁ、歌ってください。





マイクを持ち直す徳永英明の口元に誰もが注目して、

この奈良アートボックスは本当に終わりを迎えようとしていた。

ありがとう、すべての美しい出来事、詩的な出逢いに感謝したいよ。

音楽が来るよ、まもなく彼が歌って、このアートが終わるのね。

「例えば、誰かのためじゃなくあなたのために、歌いたい、この歌を。

終わらないストーリー、続くこの輝きに、Always, 伝えたい ずっと永遠に」


これが今の私たちにできる、とびっきりのアート。

尽きない拍手、私の頬を伝う、涙、涙、涙。



「奈良アートボックス」 完



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