小説「奈良アートボックス」2話

新薬師寺 バサラ




閉館間際になるとバサラが出てきてくれた。

「お久し振りです、ケンボックスの長谷川明日香です」とお辞儀すると、

「よく覚えていますよ、たったの二年ぶりじゃありませんか」と彼は笑った。

それはね、千二百年を永らえているバサラにとっては、

二年なんて大した時間じゃないのかもしれないけど。


改めて新薬師寺本堂内に案内されると、厳かな雰囲気の中で多くの仏像たちが並ぶ空間は

小さな私が呼吸するのを遠慮してしまうぐらい特別なの。

周りの十二神将たちも私を覚えてくれていて、

「先日の仕事がDVDになりましたから、ああして訪問客のみなさんにもお見せしているんですよ」

と言ってDVDコーナーを指差した。


堂内の一角には大きなテレビディスプレイと椅子が並べてあって、

千二百年前の色があった頃の十二神将の姿を見ることができるようになっていた。

そうだ、今では土の色だけが残っている彼らも、

千二百年前は朱、群青、緑、金に光るド派手な仏像だったんだ。

そのDVDの編集は私の仕事だったから、もちろん何度も見ているよ。


あの時はびっくりした。

塑像って元からシンプルな土の色だけだと思い込んでいたのに、

長い時間に風化した部分を技術者たちが調べてゆくと、

元は豊かな色に彩られていた仏像だってことが分かったの。

その色も何て言うのか、現代でも特異に思えちゃうぐらいに派手な色使いで、

今に残された彼ら塑像の色落ち具合とはまるで逆の方向を向いていたから、

驚きっていうか、ショックっていうか、とにかく意外なことだった。


何が嬉しいって、そのDVD のことを誇らしそうな表情で紹介してくれている十二神将たちだよ。

気に入ってくれているのね、ご一緒させていただいたあのお仕事を。

忘れられない記憶のひとつよ、あのキラキラに輝く十二神将の若い肌を復元したときのことは。

「今日はちょっとお話があるのよ、奈良公園まで歩かない?」

そう言って私はバサラを外に誘った。


「こんな素敵な場所じゃ、雰囲気に呑まれて何もしゃべれなくなっちゃうから」

と言い訳がましく言いながらバサラを連れ出すと、

十二神将の真ん中に座っているボスの薬師如来が、

通り際にひときわ大きなウインクをして、愛嬌たっぷりのスマイルで送り出してくれた。


面白いの。

十二神はみんなひどく真面目な顔をして立っているのに、

ボスの薬師如来だけが一人違ってお調子者なんだから。

あんなにキャラが違っていても上下関係が成り立っているんだから、

他人には分からなくてもなんかそのバランスがぴったりなのでしょうね。

ちょっと強引だったけど、そうしてバサラと一緒に奈良公園を歩くことにした。





「あの時の技術監督だった寺尾さんが

今年出世してマネージング・ダイレクターになったんだってね〜」

とかありきたりの会話をしながら春日大社を通る。

それで東大寺近くになってきたら「実はバサラ、あなたにお願いがあるのよ」と切り出して、

ようやく本題を話し始めた。

夕方になった奈良公園には修学旅行帰りの学生さんたちと、家族連れの観光客たちの幸せそうな姿がいっぱい。


街の喧騒を離れて、穏やかな空気に溢れているのが奈良公園の好きなところ。

「バサラ、私はアートがしたいの。あなたに、是非参加して欲しい」

思いのままに私はしゃべった。

奈良の仏像たちを一同に集めたいこと、できれば東大寺の大仏殿に集まってもらって、

音楽と一緒にみんなで歩く企画をしたいこと。

そんな夢みたいなお話を、バサラは相槌を打って聞いてくれた。

しゃべる途中を遮ることもなく、ただ静かな表情でバサラは耳を傾けてくれていた。


ミュージシャンのことを話している途中に、

東大寺の寺務所沿いを歩いてきた僧がバサラを呼び止めた。

「バサラさん。お久し振りですね、お変わりありませんか?」

「これは東大寺の。こちらは変わらずですよ、

ちょうど今この客人と東大寺の話をしていたところでしてね」

そう言うと僧は嬉しそうな表情をして

「それはそれは。金堂に行くところですが、よろしければ、ご一緒にお茶でも飲んでゆかれますか?」

と親切に声をかけてきてくれた。


願ったり叶ったりだったから、

もう閉館して薄暗くなり始めた大仏殿の中を歩かせてもらうことにした。

参拝客では入れない大仏殿の境内に座って、お茶を頂く。

大仏殿は初めてではなかったけど、東回廊を歩く時から僧が色々と説明してくれて、

ちょっと修学旅行生みたいな気分になった。

「住職によろしくお伝えください。

この方とまだ話があるから、もうしばらくここに邪魔させてもらって、自分たちで出てゆきますから」

とバサラが言うと、僧はお辞儀をして奥へと歩き去った。





こんな場所で話ができるのは二度とないこと。

私はもう一度彼に問いかけた。

「バサラ、こんな時間なのよ。

この暗闇の大仏殿で、松明の灯りを受けて

あなたがた仏像がミュージシャンと競演するの。

音楽に合わせて、千二百年の重みがあるあなたがお経を唱えて歩くの。

安心して、音楽とお経が上手く溶け合うように、私が組むから。

奈良の大仏様が見守ってくれるこの素晴らしい場所で、

そんな企画ができるのなら私、光栄のあまり倒れちゃうかもしれないよ。

私はそんなアートがしたいの。してみたいの。


バサラ、どうしてもあなたには参加して欲しいから、

こうして一番最初にお願いしに来ました。

他にも、興福寺の阿修羅や阿吽の金剛力士でしょ、

天燈鬼・竜燈鬼や、秋篠寺の伎芸天像に、東大寺戒壇院の広目天像もそう、

有名な仏像たちにも声をかけてみるけど、あなたには是非とも参加して欲しいのよ。

この大仏殿で一生忘れられないような美しい企画をやってみたい。

バサラ、どうかな?あなたは参加してくれるかしら?」


するとバサラがにっこり微笑んで、こう言ってくれた。

「あぁ、参加させてもらうよ。

そんな時間を、仏像仲間や明日香と共にできるなんて素晴らしいじゃないか。

実現させて欲しいな、それは。僕も協力するから」

そう言ってくれたから、私もすっかり喜んで満面の笑みを見せちゃった。



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