小説「奈良アートボックス」6話

美しいイメージ




その意識も新たに、次に私は興福寺へ向かった。

興福寺の宝物館にもまた、参加を呼びかけたい仏像たちがいたから。


少年のような爽やかな表情の、阿修羅。

憤怒の躍動感を体現している、阿吽の金剛力士。

軽みという笑いを湛えた悪戯小僧、天燈鬼・竜燈鬼。

一人一人にお逢いして、企画書を手渡して私の想いを伝えると、

誰も不思議と嫌な顔どころか、興味深そうに話を聞き、賛同してくれるの。





阿修羅は言ったよ。

「なんだか改心したみたいに、晴れやかな心持ちになれそうですね」

阿吽の金剛力士は言ったよ。

「誇張しすぎかもしれないけど、みんなの心が阿吽の息でつながれば」

天燈鬼・竜燈鬼は言ったよ。

「童心のままに、感情のままに楽しみましょう」


東大寺戒壇院に行くと、バサラから聞いているらしく、

四天王は「四方は我々が守ります」と協力を約束してくれた。

言葉には出さなかったが、彼らの物静かな動きの中にも、

わたしは内に秘めた強い想いを感じたのだった。


東大寺三月院の日光・月光は「それまでの月日が待ち遠しく」と言い、

目を細めながら嬉しそうに合掌してくれた。


少し車を走らせて円成寺まで行くと、25歳の運慶という大日如来は

池のほとりに座って、「仏像アートの新たな第一歩を刻みましょう」と

若々しい意気込みを語ってくれた。


それから秋篠寺に再度赴き、

ようやく伎芸天と向き合ってお話をすることができた。

彼女もまた耳を傾けて私の話を聞いてくれた一人だったが、

参加予定者にバサラという名前をちゃんと見つけたかどうかは分からない。

ただ、「心が傾きました」と言って趣旨には賛同してくれた。

直接お話をしてみると、やはり優しい表情をしていて、

色気は全身から匂い立つようで、全体が一本の線のように凛として美しい人。

女性の私から見ても魅力的な美人だった。

バサラ、あなたはバカね。こんな素敵な人を手放しちゃったんだから。


仲間が一人、また一人と増えてゆくことの嬉しさって格別。

何もかも、話が上手くまとまりつつあるの。

バサラに途中報告しようと新薬師寺に向かうと、思わず本音が出ちゃった。

「バサラ〜。ウソみたいに上手くゆくのよ!どうしてかしらね〜?

やっぱりバサラ様のお名前が効いたのかしらね〜?運がいいだけかな〜?」

くだけてご機嫌にしゃべる私に、珍しくバサラは笑いもせず、こう言い返してくるの。

「それは明日香の想いが本物だから。表情で分かる。空気でわかる。

本物は誰だって引き付けるものだから」


そうなのかしら?自分のことながら、私は信じられない気でいるよ。

私はただ、自分のやりたいことをしているだけ。

会社にかこつけて、自分のアートを現実させちゃおうと狙っているだけ。

それも自分の力じゃなくて、他人の力を借りてね。

だからバサラ、あなたは知らないかもしれないけど、あなたが私に魅かれるというのなら、

あなたに魅かれる私に、あなたが魅かれている。

つまり、あなたの素晴らしさを、私という鏡越しに見ているのがあなたなの。

この奈良アートボックスに参加しようとする人たちはみんなそうでしょう。

私はただの鏡。私に見る輝きは、みんな自身の輝きなのだから。





次は社内のオーソを取る段取り。

出演OKをとりつけた人たちをリストアップしてみると凄いメンバーばかりになった。


会場:東大寺大仏殿

仏像:バサラ(新薬師寺)、阿修羅(興福寺)、金剛力士(興福寺)、

天燈鬼・竜燈鬼(興福寺)、四天王(東大寺戒壇院)、日光・月光(三月院)、

大日如来(円成寺)、伎芸天(秋篠寺)

音楽:徳永英明


避けて通ることができない問題にお金のことがあった。

ケンボックスも企業だから赤字は許されない。

会場使用料や、仏像とアーティストたちのギャラ。

観客を千人集めて入場料を取ったとしても、それだけではとてもペイできない経費がかかるに違いない。

そもそもこの企画でお金が成り立つかどうかが分からなかった。

かといってプロに対して無償でイベントに出てくれ、とは失礼過ぎて言えるものではない。


とても頭の痛い問題だった。

映像をDVDにして販売したいとは思っていたし、スポンサーもつけて広告収入も考えてはいたけど、

果たしてそれがどれだけの金額になるのか。

ケンボックスの役員は「赤字でなければいいよ」とは言ってくれたけど、

私は若干でも利益はあげたいと思っていた。

収入と費用がイーブンでも会社名の宣伝にはなるけど、

それじゃ物足りないし、ちゃんと会社員としての責任も果たしたいなんて、私も調子が良過ぎるよな。


その問題はさておき、増えた仲間たちの名前を誇らしく書いて、

より夢に近付いた企画書を徳永英明にメールしてみた。

徳永さん、見てください、私はやりましたよ、

きっとあなたにも納得してもらえるレベルに持ってゆきましたから!

後はあなたがボーカルをとってくれれば、この奈良アートボックスに命が吹き込まれるのです!

そんな想いを込めてメールを送る。

それから、他のミュージシャンたちにも声をかけることも書いておいた。

わがままついでに、徳永英明と一緒に歌って欲しいミュージシャンたちがいた。

Salyu、伊藤由奈。それからEvery Little Thingと槙原敬之には

どうしても歌って欲しい曲があって、私はもう納得してもらえるレベルだと思ったから、

それぞれにお願いしたい曲を指名して、どんな場面でどんなに美しく歌ってもらうか、

私の頭にあるイメージを書き綴ってオファーをしてみた。


この奈良アートボックスは、音楽中心のコンサートとも違うよ。

仏像とお寺と音楽を融合させるというのがラフなイメージでも、

要は奈良にあるもの、引いては世の中にある美しいイメージを

かけ合わせたいと願ってのことだから、音楽ばかりの企画でもないの。

一人の主役がいなくて、みんなが主役。そんな感じ。

それをミュージシャンたちが受け入れてくれるかは若干の心配があった。

でもそういう心配を流れ雲みたいに消し去ってくれる返事が徳永英明からあって、

まだ幸運の輪が続いているんだ、って感じた。





「いいですね、素敵な仕事をされました。みんなでこの企画を盛り上げましょう。

私も共演者というか、一参加者に近い感覚でイベントを感じさせてもらおうと思います。

自分のスケジュールはもう抑えましたから、どんどん準備を進めて下さい。

お名前を挙げられたミュージシャンのうち、Salyuさんと伊藤由奈さんとは

共演したことがありますから、私からもお願いしておきます」


そうして点や線がますますつながってゆくの。

ホント、嘘みたいに話が出来上がっていって、私の最初の夢想のほとんどが実現しようとしているんだから。

この幸運って奈良の大仏様がもたらせてくれるものだって、思うようになってきたの。



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