小説「奈良アートボックス」7話

夢と金




東大寺の住職もこの企画のクオリティーを認めてくれたようだった。

詳しく台本を書いて、企画書を送ってみるとこんな返事があった。

「長谷川明日香さん、十二分に合格です。

逆にひとつ提案があります。

この企画のことをお話したら是非参加したいと言っているミュージシャンがいます。

その方から近いうちに長谷川さん宛てにメールが入るでしょう。

彼の本物ぶりは東大寺での過去二回のライブで証明済みです。

よろしければ仲間の一人として迎い入れてあげてください。

布袋寅泰というギタリストです。合掌」





このメールには本当に驚かされた。

こんなことってあるの?

あの世界的なギタリストが飛び入り参加を希望してくるなんて、

すごいリンクが東大寺とつながっているんだって知った。

「どうして俺を仲間外れにしちゃったのよ?!(笑)

こんな素敵なイベント、是非とも参加させてください。

ギターで奏でる宇宙も一興です。布袋寅泰」

しばらくしてそんなメールが本当に届いて、私は思わず西を向いて合掌した。


Salyuからは「世界に唯一、わたしのこの歌声を響かせたい」と来ていたし、

「終わらない物語をご一緒に」と書いてきたのは伊藤由奈だった。

Every Little Thingと槇原敬之からは連名で返事が来ていて、

「本当の優しさの意味が分かるイベントにしましょう」というコメントが添えてあった。

企画書は完成した。

会場も押さえたし、仏像たちともミュージシャンたちとも話はまとまっていた。

全てが上手くいっているように見えた。


でも、やっぱりお金の問題だけが解決できていなくて、

このままじゃいけないと思っていたから、私も必至だった。

スポンサーがつかないかとあちこちを走り回ったけど、

大手でもないケンボックスの企画を受け入れてくれるところはなかった。

後は限りあるお金の資源をどう分配するか、ということだった。


チケット代は五千円で、観客が千人だから、五百万円しか入場料収入がない。

DVDやグッズ販売もたかが知れているから、

ここから会場費やギャラとか経費を支払っていては全然足りない。

さすがに上司からは酷く怒られた。

「ギャラを払う人数が多過ぎる!

収入は限られているんだから、支出を抑えないと成り立たんぞ!

仏像とミュージシャンを半分断れ!!」


それは分かるけど、一緒にやろうと話した人たちを

今更断るなんてできるわけないじゃない。

これはなんとかしないといけない、しかもかなり本気で。

ほとんどの人たちにまだギャラの具体的な金額の話はしていなくて、

これから事務所や代理人を通して話をしてゆかなくちゃいけなかった。

最後の厳しい砦で、今まで私が目を背けていた部分だった。





バサラは最初からこう言ってくれていた。

「金よりもロマンに生きる。それが僕たちの生き方だ。

ギャラは下げていいし、ゼロでもいいぐらい。

仏像連中には僕から話をつけておくから安心してくれ。

その代わり厳しい条件を突きつけよう。

ロマン溢れたイベントにしてくれ。ギャラをロマンで支払ってくれればいい。

それだけだよ、明日香にお願いしたいのは。

大丈夫、僕たち仏像は生きるのにそれほど金がかかるわけじゃないし、

ミュージシャンの方々と違って設備がいるわけでもないから」

人生は、獲得したお金や物の多寡で優劣が決まる?

どうやら彼らがそうした立場に立っていないのは、はっきりしていた。


たまには甘えることも大事。

でもまだ早い。できる限りのことはしようと思った。

色々と紹介をしてもらい、スポンサーを探しては工夫をして、

なんとか数社と契約がまとまった。

これで原資をちゃんとギャラに回すことができる。

それでもやっぱりお金は足りなかった。

たいしてない私の貯金を切り崩してまで払おうかとも思ったけど、

それでどうにかなる問題でもなかったので、

率直にバサラに謝ると彼は笑って許してくれた。


「大丈夫、話を聞いた最初からお金のことは期待していないさ。

これは夢のイベント。

こっちこそチケットも買わずに参加させてもらって申し訳ないぐらいさ」

しかし、ミュージシャンの事務所の方はそれでは済まなかった。

「その金額では、こちらとしても必要なコストを賄うだけで終わってしまいます」

「チャリティーイベントじゃないんですから、もっと業界の常識をわきまえてください」

私は頭を抱えていた。もうダメだ、あっちを立てればこっちが立たない。

会社への利益を削ればギャラをもっと払える。

ギャラを払えば利益が飛ぶ。

収入を増やすのはもう限界だ。

かといってコストを落として質は下げては、何の意味もなくなってしまう。

どうすればいい?誰かに泣きつかなくちゃ。

誰かにお願いするしかないんだ。

結局、ケンボックスの利益をあきらめて、その代わりに

会場の目立つ箇所にケンボックスの社名広告を貼るということで役員を説得した。

ボランティアで働く会社員なんて惨めね。

好意で参加してくれる仏像たちに日当程度しか支払えないなんて、もっと惨めね。

みんなの好意に甘えつつ、不格好にも私はなんとか生きているの。

その代わり、アート溢れる企画にしなくちゃいけない。

それだけは私が死守する最後のラインなのね、と心に誓うのだった。


舞台は整った。役者は揃った。

日にちも決まったし、お金のことも最低限はなんとかクリアできた。

あとは堰を切った泥流のように、当日に向けて走り出すだけ。

待ち遠しいな。私の夢が叶う、その一日はどんな物語が待っているのでしょうね。

あぁ、本当にこんな仕事、私一人の力じゃできなかったよ。

みんなが互いにビジネスを超えたアートや詩的の世界で

気持ちを共鳴させることができたからのことね。

お金がギリギリでも成り立てば、あとはロマンに生きるだけ。

その日を笑顔で過ごすことができれば、みんな納得してくれるのかな。


自分が考えていた以上に、人生にはドラマがあるって、

この企画を通して私は知った気がする。

平凡な人生に一夜の煌きを。

こういうアートを私は続けてゆきたいって思った。

想像実験っていうのかな、想像すること自体がアートの始まりで、

夢の世界だと決め付けながら思い描いたことが、

まさかこうして本当に現実になるとは、どれだけ私は幸せ者なのでしょう。





きっと誰もが待ちわびている。

とびっきりのロマンを爆発させる日を夢見ている。

私の仕事の集大成、アートの最高傑作。

楽しみで、楽しみで、楽しみで、私はいてもたってもいられなかった。

東京と奈良で何度かリハーサルをやって、その場で色々なアイディアが出た。

決まりなんか最初からないから、良いものはすぐに取り入れてゆき、

よりアートの香りを高めたものが出来上がっていった。

リハーサルひとつを取り上げてもドラマに溢れていて、

一冊の本になるぐらいだけど、その完成作の本番当日こそはもう夢の世界のアートだった。



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