小説「奈良アートボックス」9話

Every Little Thing - Time goes by




二曲目は「Time goes by」。

「信じあう喜びも・・・傷つけ合う哀しみも・・・」

ステージにEvery Little Thingと槇原敬之が立った。

「会えばケンカしてたね・・・長く居すぎたのかな・・・」

噛み砕くように歌い上げる槇原敬之のソロパートが最高に美しくて、誰もが聴き入ってしまう。


「いつかありのままに 愛せるように・・・Time goes by」

持田香織の声と、槇原敬之の声が重なる瞬間もまた美しいものだから、

続けてうっとりと聴き入ってしまうよ。

観客たちを、ステージ裏のみんなを、息を飲ませてしまうほど、

優しい声色の中に強いものを秘めたボーカリストたち。

「残された傷痕が消えた瞬間に 本当の優しさの意味が分かるよ きっと・・・」

若草山の炎が燃えている。

二人の炎と呼応して、若草山を焼き尽くしている。





そこで間奏になったらステージの左右から仏像たちが出て、

お経を唱えながら舞台を歩き始めた。

列をなした仏像たちは、バンドのリズムに合わせて

ゆっくりとステージ前の炎の櫓へと歩いてゆく。

私は見たよ、右から来た列の先頭のバサラと、

左からの先頭にいる伎芸天がようやくそこで再会したのを。

闇の中、二人はステージ中心で接近し、隣り合うと横に並んで櫓まで歩いた。


誰もが思わず見入っていた。

音楽に仏像が重なって、彼らが発するお経の音を拾いつつも、

バンドのリズムがあるから暗いイメージにはならない。

そこにはなんだか明るく、なんだか楽しそうに歩く仏像たちの姿があった。

十四人の仏像たちは、櫓の周りで円を描いて歩き出した。

バサラが動的に、阿修羅は微笑んで、

天燈鬼・竜燈鬼がデコボコと、阿吽の金剛力士は強烈に。

四天王が気難しそうに、日光・月光は平坦で、大日如来は新しく、伎芸天が淋しそうに。

しばらくは仏像たちの「お経ソロ」が続き、炎に照らし出される彼らの表情の多様さに釘付けになった。

もう一度、持田香織と槇原敬之が間奏前に歌ったパートを繰り返す。

「残された傷痕が消えた瞬間に 本当の優しさの意味が分かるよ きっと・・・」





山焼きの炎は燃え盛っていた。

仏像たちは止まることなくお経を口にしながら、櫓の周りとゆっくりと歩き続けていた。

「過ぎた日に背を向けずに ゆっくり時を感じて・・・」

この歌詞の意味は、過去へのごめんなさいと、今と未来を精一杯生きることね。

また皮肉になってしまったみたい。


この曲を聴くバサラと伎芸天はどう感じているのかな。

こんな歌詞を耳にして、思い当たる相手を七百年ぶりに前にしている。

とうの昔に全てを乗り越えた二人だから、微笑みの中で聞き流しているのかな。

私には見えないものがあの空間に流れていると思うと、

美しさの凄味が増してくるように思えていた。


「またいつか笑って逢えるといいね・・・Time goes by・・・」

二人のボーカルに合わせて、いつまでも仏像たちは歩いた。

ぶれることなくお経を続けるその姿が、月夜の東大寺、

山焼きの奈良に集った千人の観客へと放たれた強烈なメッセージ。

この二曲だけで、もう美しさは充分過ぎるほどだった。

時間にすれば十分程度のわずかなもの。

でも、そこには凝縮された重みがあって、

楽曲と仏像たちの競演が千人の心を優しく変えていた。

「Wow・・・Wow・・・Wow・・・」





曲が終わったと思ってみんなが拍手をしたところに、

空間を切り裂くようなギターの音が響いて、ステージ上に一人の男が登場した。

ギターを持ったサムライ、あれは布袋寅泰だ。

「ハロー、東大寺、奈良アートボックス。こんな舞台に立てて光栄です」

ハウリングの間にそう言ったと思ったら、ギターをかざした布袋寅泰がいきなり

「Fly Into Your Dream」のギターソロパートを弾き始めたよ。

突然入り込んできた布袋のギターワールド!

雷が落ちた時のように鮮烈で、でもリズムはロックじゃなくてロマン溢れるものだから、

大仏殿と調和のとれた美しいシーンがそこで繰り広げられていった。


布袋寅泰がギターをかき鳴らすと、そのバックコーラス代わりに仏像たちがお経を唱え始める。

櫓の炎に照らし出されて、思慮深い表情をした仏像たちは変わらずに円を歩き続けていた。





でも私は見たよ、ギターの音に影響されてか、仏像たちがちょっと踊るように歩いているのを!

まさかギターソロのコーラスをお経が務めるなんて、仏像とロックの融合なんて新しいアイディアだよ!

ギターは5分も続いただろうか。

全身から絞り出すようなギターの音色、うねりから一点に集中させての音の移り変わり、

表現豊かなパフォーマンスに誰もが呆気にとられるばかり。

いつもよりは短めだが、まぎれもなく布袋寅泰ならではのメッセージを残し、

体内にある精一杯のものを出し切った男がいる。


「Thank you, 布袋でした!」

ビッグスマイルを見せてギターを引っ下げ、布袋寅泰がステージ裏へと消えていった。



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