小説「理想郷」2話

アートライフ




しかしこの部屋には独特の雰囲気がある。

人間らしい健康的な太陽の灯りがさし込まないことからくる陰気めいた空気だ。


電球は当然裸のまま、色を付けていないだけまだマトモな方だろう。


部屋はいつも暗い。太陽光線で部屋が光に満たされることは皆無だ。

手元だけはいつも明るくしてある。

部屋全体を明るくするのは「らしく」ないのでしない。


外からの音が全て遮断されるだけに孤立の感がある。

世界でここだけは独特の時間を持ち進んでいるかのようだ。

明らかに外界とは一線が存在する。


台所はまだ明るい。ひとそろえの料理器具と小さな冷蔵庫、

対面には複雑に整理された物が棚に積まれている。

アウトドア用品からスポーツ用品、古い資料・教科書、季節ちがいの品物や

姿見のついた服かけなどが所狭しとばかりひしめき合いながらも飾られている。





つまりこの部屋から出る必要はないのだ。

食事までこの部屋でとれてしまっては外へ出歩く理由もない。

未読の本は棚に満ち、まだ納得のいくだけの

理解の至らぬCDも買った以上は私の責任のうちだ。

まだこの部屋のなかでやるべき事が私を待っている。

そして私にも特別外に出たいという気持ちはない。

唯一とも言える外との交信手段は、今となってはこんな私ではあるが、

それでも訪ねて来てくれる仲間たちだ。

意外なように思われるであろうか、私には仲間が多い。

限られた人数ではあるが私たちはよくこの部屋に集まり永々と騒ぐ。

仲間たちは休日・平日及び昼夜を問わずここに押しかけて来ては飲み、騒ぎ、

楽器を持ち寄っては演奏し、それにあわせて歌い、またある時は真剣に語り合い、

そのうちいつの間にか眠りにおちている。

私はそんな仲間たちとのパーティを心から楽しんでいる。

その時にはこの陰気な部屋にも灯りが輝きつづける。

一度は11人もの仲間を同時に集めたことだってある。

音楽と賑やかな声がこの部屋を支配し、その時ばかりは流石の太陽も

この部屋の窓に光を注ぐかのように思えたものだ。


そんな狂気もせいぜい週に一度か二度のもの。

それだけではやはり私も精神的にまいってしまったことだろう。

誰もが孤独にはさいなまれる。私とて例外ではない。


──だが私にはそれを救ってくれる女性がいる。


その女性を愛すればこそ、私もまだ精神的に正常らしいまま

この部屋でも生きていることができるのだ。

その女性は週に幾度かこの部屋を訪ねて来てくれ

──まぁ、そのほとんどが私の熱望でなのだが――

色々な物の差入れも兼ねてくれ、この暗い部屋に本当の光を注いでくれる。


断っておくが私は若く、身体も健康そのものだし、精神的にも異常はないつもりだ。

外へ出ても普通の、常識をわきまえた人間として

充分通用すると自分でも自信を持っている。

部屋にこもったりするのはただ私のやるべきこと、

やりたいことをするのにそこが一番、私には適しているからだ。


恋人であるその女性と私はこの部屋で何者にも

邪魔されない二人だけの時間をおくる。

──その時だけはこの部屋の雰囲気が実に見事なほど似合う──。

お互いの自慢料理を楽しみ合いながら最近の生活・

心境の変化・思ったことを告白し合う。

ベッドで体を寄せ合い、愛を語り合う。

わずかな灯りだけをともし、時間の感覚のないこの部屋で

お互いの都合がつく限り離れずに過ごす。

私は彼女のために愛の言葉をつづり、彼女はお返しとして唇を重ねる。

元から現実味のないこの部屋は彼女といればまさに理想郷だ。

ここではロマンティックに遠慮はいらない──私は心から生涯の感情のままに

一人の女性を愛すことだけに生きる。

これは体の欲望や職業的にどうだ、ということではなく、

一個の人間として一人の異性を愛するのだ。

愛は無償──愛することには何の見返りも求めはしない。

「愛して欲しい」よりも「愛させて欲しい」

──それが一個の人間として何よりも大切なこと。――私は知っている。





こんな私でも一応は働いているのだ。

ただ幸運にもそれはこの部屋にいてもできる作業だ。


計算すれば一年の半分から2/3程度しか私もこの部屋にいない。

残りはアイディアを求め各地を一人旅してまわっている。


体験を想像力でふくらませストーリーを創りあげるのはこの部屋の空気のなかでだ。

この部屋の雰囲気によりストーリーはその命を吹き込まれる。


この部屋が燃え尽きてしまえば私の存在の意義さえ消えてしまいそうだ。

……これは恐い、是非すぐに完璧な災害対策の設備を取りつけねば。


これまで喜びと哀しみのなか過ごしてきた私の人生を何かに刻み残したい。

――無意味ではなかった、という確証を私は求めている。

貪欲なまでに今日の意味を求めながらも闇でそんな言葉にならぬ叫びをあげている。


太陽の光も浴びずこの部屋で過ごすだけのこの暮らしは

本当の意味で人間らしい幸せ、と言えるのだろうか。

孤独を背負いこみ机に向かうだけで時間を過ごす私はただの人間モルモットなのかもしれない。

だが、私はこの暮らしを嫌ってはいない。

なにしろ私は心を求め、心を描く作家なのだから。



「理想郷」 完



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