小説「スローラブで愛して」4話

不倫メール




「――衝撃的な映像を見たよ」

携帯に飛び込んでくる、囁くようなメール。わたしの身体を這い回るあの優しい唇を思い出す。

これって愛の囁き?もっと語って、わたしの耳元で。

「どうしたの?聞かせて頂戴」


「砂漠の上を河が走ってくる。

どこからともなく湧いてきた暴れ水が、乾いた砂土を飲み込んでどこかへ走り去ってゆく。

内陸河川――いつかは砂漠の渇きに吸い上げられてしまうという幻の河。

雪解けの水が一時の河になっているんだって。

中国西部の砂漠地帯では、そんなことが毎年の雪解けの季節に繰り返されているらしい」

一息にまくしたてるのね。慌てないでいいよ、慶。ゆっくり来て。

「――砂漠を走っては消える河、ね。なんて詩的な言葉」

「――詩的。そう、詩的だろう?

とめどなく溢れてきて世界をかき回した挙句、

熱に蒸発してしまう。世界にはそんな河があるんだって」



「心地いい言葉。よく見つけてきたねのね」

「テレビで見かけた。もっと知りたくて思わずインターネットとかで調べちゃったよ。

あんまり情報なかったけどね。ほら、ただ君に伝えたくて、なんとなく。ごめんね、突然」

「全然!こういうのって嬉しいよ。あなたらしいって思う。素敵」

「ありがとう。じゃ、また今度逢える日を楽しみにしてる」

「うん。またゼッタイに愛してよ、慶」

「もちろん。スローラブで愛してあげるから」


それでやりとりは終わり。

出勤の朝の電車でメールが来て、

それから夕方までかけて互い仕事の空いた時間にメールを返信していた。

会社で彼とメールするのってなんでこんなに新鮮なんだろう。

普通の恋人たちと違って夜に逢えるわけじゃないし、家では携帯もいじれないから。

でも会社なら自分一人の時間。

禁断の恋がますます加速するような感じがして、背筋に快感が走るの。

美味しいチョコレートを舌の上で溶かして遊んでいるみたい。

メールを受け取った机の上の携帯が震え出す。

その振動は机だけじゃなくて、わたしの肌を駆け巡り、髪先から足の指先まで突き抜けるの。


それにしても内陸河川、か。相変わらずきれいなものを見つけてくる人。

普通の恋ってそうね。燃え上がっては突然消える、そんな当たり前の繰り返しなのかも。

慶の言う内陸河川っていうのに似ている。

でもわたしたちの恋はスローラブだから、そんな儚いものじゃない。

ほら、わたしも慶みたいにロマンティックに歌い上げられるかしら?

コンクリートで堤防を固められた都会の川のような、長く保証された恋?

いいえ、そうじゃない。

天然の川のように自然と流れを変えながらも、じっくりと安定の生命を育み、

豊かな生態系を築き上げる循環の川よ。ゆっくりながらも季節があるの。だから感動がある。

――それがわたしのスローラブ。慶と続ける永遠のスローラブ。


わたし、いつも思うの。

夫に愛されない妻って、罪っていうか、みじめっていうか、最悪だよ。

愛情の穏やかな男と結婚したわたしが悪かったのかもしれない。

生活のパートナーとしては最高だけど、

どうして妻と女の使い分けができない男を選んでしまったのだろう。

わたしは女として生きている。妻であるのはほんの側面的な部分なの。

メインは女、おんな、オンナ。

夫はわたしをもう女として見ていない。

わたしは共同生活者だけじゃないのに!妻だけじゃないのに!

女っていう生き物が分からない男と結婚生活を続けては悩んでいる、

わたしのような犠牲者の女性は世の中に溢れ返っているのでしょう。


それは誰のせい?

落ち度のない夫に罪を着せることはできないって分かっているから、

わたしのわがままっていうことで落ち着けましょう。

わたしっていうか、女の本性というか、性愛の自由っていうか、

ごく普通のことなんだけど、やっぱりわたしが悪いのかな。

だからわたしも家庭を崩壊させることなく、慶っていう彼氏と密かな愛を描いていたいだけ。

きっと、いつかそれも崩れてしまうから……。

永遠のスローラブっていっても、きっといつか終わりがきてしまうものだから。

その日まではわたし、女の身体にずっと愛を摂取しているよ。

女には不可欠なものだから、摂らないとわたしの女がおかしくなってしまいそうだから。

彼のメールの節々から、あの人の真摯な眼差しが、

わたしの乱れる表情をわたしの身体の上で優しく見守っている、あの眼差しが感じ取れるの。

だからあの人とのメールは止められない。

電話の声よりもメールで慶を感じたい。愛を、感じたい。





それからたびたび仕事の合間にメールを交わすようになった。

慶だって仕事が変わったばかりで忙しいはずなのに、

わたしのしつこいメールにも付き合ってくれる。

「わたし、妻が夫に愛されないのって

世の中の悪いことの中でもすごく悪い方だと思うの。罪よ、罪!」

「罪かぁ。罪ねぇ。じゃぁ、僕はどうなるの?妻がいる身でありながら他の女性を愛している。

京華にとっては星でも、妻にしたら暗闇。世間からしてみてもやっぱり暗闇だろう?

僕たちはただ二人の間だけで輝いている星」

「仕方ないよ。こんな時ばかりは勝手になろう。

ほら、慶っぽく言うと、“人間だから仕方がない”。でしょ?でしょ??」

「そっか。所詮人間だから、理屈通りに物事が進むわけないって?

なるほど、そう考えれば納得できる話だね」

「そうそう。とにかくわたしが言いたいのは

どうしても女の方が愛情に寄りかかる比率が高いってこと。

わたしにはまだ子供もいないし、仕事もしてるから他で気も紛れるけど、

育児をしてる主婦なんて、夫に愛されなかったら可哀想だよ、ホント罪だよ」

「それは同情するよ。まぁ、結局は男も似たようなもんだ。

愛情なしに生きている奴なんていない。愛が人を突き動かすからね」


――愛が人を突き動かす。

驚いた。なんてキレイな言葉なのかしら。

欲望でも惰性でもなく、愛が人の進む原動力になっているなんて。

あの人の愛は実は深い。

きっとわたしよりもずっと深い位置付けで、彼の体内を愛が動いていると思うの。

冷めた生き方のようで血は愛に染まっている。

だから激しく火花を散らせてすぐに終わらせようとせず、

スローラブなんて悠長な言葉を引っ張り出してきたのでしょう。

きっとあの人なら奥さんを大事にしながらも、わたしのことも十分に愛してくれる、

そんな愛の余裕があるんだと思うの。



「愛が人を突き動かす、か。慶、素敵な言葉をありがとう」

「気にいってくれた?いつも小難しい言葉ばっかりでごめんね。

もっと普通のメールの方がいいかな?」

「いえいえ。愛を感じられるから好き。

ねぇ、素敵なこと言ってくれるのベッドの中だけじゃないのね。

メールのあなたもわたし好きなの。またメールしてね。待ってる。楽しみにしてるんだからね」

それはわたしの偽らざる本心。身体だけじゃなく言葉で語って、愛を、わたしへ。



戻る←   →進む



トップページ小説トップスローラブで愛してトップ








Copyright (C) 2006 - Ken Box. All Rights Reserved.