小説「スローラブで愛して」6話

不倫と家庭




平日は本当のわたしじゃない。

こんなことをするために生きているわけじゃないのに、

わたしの時間は要らないことに費やされてゆく。

貴重な一瞬を輝かせるためには、下らない沢山の時間が必要なの?

それってもしかしてスローラブの考え方と同じなのかもしれないけど。

あの人のいない日々を泳ぐわたしは、止まって休むことのできないお魚のように、

ふらふらとあちらこちらを漂いながら昼を、夜を、そして朝を無意味に繰り返してゆく。

「ねぇ、今日何かある?」

「お昼何にする?」

「あ〜ぁ、今日も暑いのかな?」

そんないつもの会話さえ、あの人と話しているのなら幸せなのに。

普通の話を、ありふれた人たちにしなくちゃならないから長い平日はつまらないの。

遥か遠くのオアシスまで砂漠の上を黙々と歩かされるラクダ?

やめてよね、もっとキレイな音でさえずる朝のひとときの小鳥でありたいの。



仕事帰りにお友達と食事をすることがある。

約束の時間までデパートの洋服の店をブラブラしていたら、またそんな考え事ばかりしてた。

「あ〜お久しぶりですぅ」

「あっ、こんにちは〜」

「またウチの服着ていただいてますね〜。ありがとうございますぅ〜。会社帰りですかぁ〜?」

「そうですよ〜。このお洋服すっかり“お気に”で〜。いっつも会社で着ちゃってますぅ〜」

服を見ているわたしのすぐ隣のそんな会話。お客さんと顔なじみの店員さんでしょうね。

「どうですか〜会社〜お忙しいですか〜

なんか確かおウチ、南区のほうでしたよね〜」

「あ〜実はまた引越ししたんですよぉ〜。今は桜が丘のほうですぅ〜」

「えぇ〜桜が丘〜?うらやましい〜。オシャレなとこじゃないですか〜。

どうしたんですか〜ご結婚とか〜?」

「いえいえ〜違いますよぉ〜。

なんか、一人暮らしだったら会社から結構家賃手当てもらえることが分かって〜。

思い切って実家、出ちゃいましたぁ☆」

「あ〜いいなぁ〜。桜ヶ丘だったらお店とかいっぱいあるじゃないですかぁ〜」

「そうなんですぅ〜しかも〜カレシのウチからも結構近くなったしぃ〜」

「ラブラブじゃないですかぁ〜うらやましいですぅ〜」


わたしは逃げ出すように店を後にした。

別に普通の会話なのに、

わたしより若いコたちが楽しそうにしゃべっているのがなんだか眩しく感じた。

人の幸せって羨ましい。自分だって幸せなはずなのにそれでも羨ましい。

もうやめて欲しいよ、こんな感情。

幸せだらけの人なんているはずがないのに、ちょっと耳にするだけの幸せは、

まるでその人が幸せ100%に包まれているみたいに聞こえてしまうから。

こんな錯覚がわたしを惨めにする。

あ〜ぁ。こんなつまらない日にあの人は何をしているのだろう。

彼は言ったよ、

「いつかは愛より惰性の毎日になるのだから愛は身近にない方が楽なんだ」って。

楽なんだよ、って。愛に楽か、楽じゃないかなんて。

それは分かる。まぁね、距離こそが愛をいつもいい状態に保つための方法でしょう。

それは分かる、分かるんだけど。

でもやっぱり不思議。奥って言うか、芯では愛を求めてる人のくせに。

それがいつもでは重過ぎてしまうってわけ。

慶のことを考えるとわたしはまた迷路に落ちてゆくようです。



「――京華、お待たせ!ごめんね」

「大丈夫。わたしもさっき着いたとこ。あれ、のん、髪型変えたね」

このコは学生時代のバイトで一緒だった。あれから10年ぐらいの付き合い。

まだ独身だけど、職場恋愛で、いつ結婚しても不思議じゃないっていう彼氏がいる。

会うと決まってアジアン料理ばっかり食べてる。

今日もベトナム料理食べようってメールで話してた。

「ねぇ、聞いてくれる?

カレシのケンちゃんのことなんだけど、最近浮気されて困っちゃってて……」

のんとは何でも話せる仲だから彼女もいきなり切り出してきた。

「え〜!だってのんたち会社でもテニスサークルでも一緒でしょ。浮気って、そんなのあり得るの?」

「それがねー、ありがちな話だけど男友達に紹介されたコなんだって。

いっつも平日も休日もずぅっ〜と一緒にいたのに、いつの間にかケンが遊んでた」

「え〜、どうするの二人は?」

「ケンが謝ってきたし、その女とは遊びだって言うから、

まぁわたしもなんていうか気にしないようにしたよ。

ケンとは一緒に居過ぎたからこうなったと思うんだ」

「一緒に居過ぎたから?」

「そうだよ。考えてみたら、ケンとは会社に入ってからずっと半同棲みたいな仲だし、

会社行く時だって、会社の中だって、それから休日はサークルでやっぱり一緒でしょ。

毎日ずぅ〜っと一緒だからさ、なんか濃過ぎた。

みんなと一緒にいる時はいいよ。ウチらノリいいからみんなでだったら会話は楽しいし。

問題は二人っきりになった時よ。なんか飽きてる。付き合いが長いからかな」

「そっか。もう10年近く?」

「そうだね。入社してすぐからだから、10年とちょっと」

「長いね。ウチら夫婦よりもずっと長い」

「結婚するなら早い方がいいんじゃない?だから京華は正解だと思うよ」

「そうなのかなー。それはそれでまた困ったりするのよー」

「そうなの?京華のご主人は浮気とかしない人?」

「ウチはそういうのはないけど、結婚してから急にわたしとお出かけしてくれなくなった。

飲んだくれて帰ってきたりもしないし、ギャンブルもちゃんと止めてくれたし、

ちゃんとしてるんだけどね〜」

「週末とかどうしているの?」

「大体あっちが出かけてるよ。

最近ビリヤードもそうだけど、カヤックとかパラグライダーとか趣味のほうが忙しいみたい。

早く帰ってきたら映画ばっかり見てるし。なんかすっごいマイペース。

ショッピングとか付き合ってくれないんだよー!」

「そっかー。それは辛いねー。はぁ〜。お互い不満はあるのねー」

「ほ〜んと。お互い様なのかなぁ」


ちょっとウソついちゃったけど、のんには気付かれていないはず。

彼女はわたしのことずっと知ってるし、まさかわたしが浮気してるなんて知ったら驚くだろうな。

そんな素振りまったく見せなかったはずだから。

のんと出会った時に戻りたい。だって慶と別れたのはその頃だから。

無駄だと知りながらそんなこと考えちゃう。

「ねぇ、京華は二股とかしたいと思ったことある?」

――えっ?

「どうしたの?わたしはないけど……」

「実はね、最近わたし思うんだ。

ケンはいい男だけど、ほら、わたし、ケンしか知らないじゃない?

もっと他の男性のこと知るべきじゃないかな、って」

びっくりした。そういうことね。

「あー、そういうことね。それはあるかも」

「でしょー。ちょっとマジなんだけどさー、ケンに浮気をやり返すっていう意味じゃないけど、

他の男性と食事ぐらいは行きたいなーってカンジ。付き合うまではいかなくてもねー」

ちょっと驚いちゃうな。のんはずっとそのケンっていう会社の先輩と付き合ってる。

わたしもケンに会ったことがあるけど、二人はなんかいつもセットで、

すっごい仲良しっていうイメージだったのに。

「でもね、ケンと別れたいってことじゃないんだよ。ずっと一緒にいるならケンがいい。

でも今はね、病気かもしれないけど、他の男性の良い所とか悪い所とか見て、

それでケンのことを見直すっていうのかな、もう一度ちゃんと見てみたい。

そうでなくちゃ結婚はしたくはないな〜。あ〜最近さぁ、こんなことばっかり考えてる」

「ん〜、のんがそこまで思うなら食事ぐらいはいいんじゃないかな。

でも結婚するならケンちゃんって決めてるの?」

「そうだね〜。今更別れられないよ〜。

ちょっと今だけ他を見ても、最後はケンに戻りたい。

勝手でしょ。ケンに聞かれたら呆れられちゃう!」

「なんかわたしが聞くと、ケンちゃんの浮気も、

のんと同じような気持ちじゃなかったのかな〜?」

「さっすが京華。その通りだよ〜。責めた時ね、ケンも同じようなこと言ってた。

でもそれと同じことわたしもやっちゃおうとしてるんだからバカだよね〜。

想像するだけでバカバカしくて笑っちゃう!」

なんかビールが回ってきたのかのんが壊れてきた。なんか辛そう。

「でもやっぱりケンがいいんだ〜。ケンと一緒のままで、他の人のことも知りたい。

これってワガママなのかなー。勝手かなー。でもゼッタイ大切だと思うんだけど!!」

あとはもうあまり会話にならない。

のんのビールを4杯目で止めておいて、あとは慰めてグチを聞いておいてあげた。

ケンのことでこんな悩んでるのんを見たのはこれが初めてじゃないかな。

そうだよね、のん。

なんか爽やかな恋であれこれと悩んでた学生の頃を思い出すと馬鹿馬鹿しくて呆れちゃうよね。

悩むのは分かるよ。本物の愛ってもっと入り組んだところにあって、

色とりどりの様相を見せる秋の野山のような不思議なものだから。

自分にもコントロールできないものだから。





のんを送っていった帰り道、電車の窓に映った自分の姿に聞いてみたくなる。

――わたしがもっと感情の起伏に富んだ女だったらどうなっていただろう。

慶のことに集中し過ぎて互いの家庭まで壊してしまったかも。

夫にだってすぐに気付かれていたのかもしれない。

こんな冷静な女だから何とか両立できている。

不倫の両立。それもヘンね。まるで不倫がいいことみたい。

道義的に言い訳をする気はないよ。他人の理解を得ようとも思わない。

不倫っていいとこ取りのやりとりだから。


そう、こんなのいいとこ取りなだけ。

互いの未知の部分だけかじって過ごしているだけなのかもしれない。

それをわたしたち、愛と勘違いしてる?愛じゃないかもしれないのに。

たまに思う。慶はわたしのどこを愛したのだろう?

良く反応するこの身体?慶の前では柔らかになる性質かな?

いいえ、きっと昔の殻の奥でキラキラしてる遠い思い出を彼は愛しただけ。

今はまだこの身体も新鮮に感じてくれるかもしれない。

思い出の中のわたしを抱いてくれればいい。

わたしだって、考えればなんで慶に抱かれるのか。

自分が女であることを確認したいからよ。

男に抱かれる肌の密着を女と信じて、

わたしも慶のことを愛と信じ込んでいるだけかもしれないから。



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