小説「スローラブで愛して」7話

不倫セックス




だけど、数週間ぶりの待ち合わせの駅で

彼の車が停まっているのを見つけると震えが走り始める。

わたしの心が、身体の奥が、あの期待感にさざ波のようにざわめく。

彼の両腕に、胸に肩に抱かれると思うと高いヒールを履いていても駆け出したくなるの。

「京華、今日は天気が静かだから田んぼを見に行こう」

そう言ってあの人がエンジンをかける。

「田んぼ?どこに行くの?」

驚くじゃない。いきなり田んぼなんて。

遠くに行くのはいいけど、ちゃんとその後の時間も考えてる?

「ちょっとね。大丈夫。そんな遠くじゃない」


それから車を出して郊外をしばらく走る。

まだまだ日中の陽射しが強い季節だけど、今日はだいぶ陽が柔らかい。

緑が夏から秋に変わろうとしていた。

景色に気を取られていたら、次第に周りに田んぼが見えるようになってきた。

道路と離れた田んぼ沿いに車を停めて、誰もいない道を歩くの。彼に腕を絡ませながら。



「――ほら、耳を澄ませてごらん」

彼が足を止めるとそこには音がなくなった。

風にたなびく稲穂のせせらぎ。虫の音。鳥が風を切ってゆく。

それは本当にキレイな時間。太陽も止まり、風も落ち着いたような緑の平地。

稲の先を目で追ってゆくとまるで緑の地平線みたい。

平坦に続いてゆくけど、日によっては雨風に叩かれ、酷い目にあっても続く立派なスローラブ。

「ほら、こんな場所もいいもんだろう?静かな景色が好きだよ、僕は」

そう言う慶の表情は愛情に満ち溢れている。

そっか。わたしはこの景色になればいいんだ。

静かに、何も言わず美しくあれば、この人に愛される。

わたしじゃなくても、この景色になれる女の人なら誰でもいいんだ。

――それはわたしがずっと前から気付いていたことでもあるの。

でもこんなの口にできない。

「思い出すな。小学生の頃、写生会で田んぼの絵を書いた。

みんなで学校近くの田んぼに行ってね、その前で座って絵を描いたんだよ。

絵の具って、わたしなんか好きだったな〜」

「へぇ〜それはいいアイディアだね。

でも子供じゃ、田んぼの良さなんて分かんないでしょう」

「ぜ〜んぜん分かんなかった。難しいモデルだなーって思ってたよー。

だって田んぼなんて緑一色でなんにも特徴ないじゃない。みんな困ってた」

「でも、いい先生だね」

「う〜ん、子供には難しいよ〜。今なら別だと思うけど」

「それだけ落ち着いてきたってこと」

「年取ったって言いたいの〜?」

「違うよ〜。落ち着いて、品のある美しさが出てきた、ってこと!!」

「わ〜い、誉められた♪なんか誤魔化されてる気もするけど」

ほら、つまんない会話でも楽しいじゃない。案外、シンプルな会話が一番楽しいかも。

難しいのなんていらない。ちゃんと会話できるだけで幸せ。


今日はヒールを履いているから、あなたはわたしを気遣ってじゃり道を避けてくれた。

車に戻っていつものホテルの方角へあなたが車を回してゆく。

くだらないお話をさせてよ。

あなたはただハンドルを握って前を向いていればいいし、別に聞いてなくてもいいから。

ただあなたの横顔に話しかけていたいの。

「ねぇ、この前お友達から相談されたんだ。

まだ独身のコなんだけど、10年付き合った彼氏に浮気されたんだって。

彼氏も同じ会社で、週末もずっと一緒のサークルで、

なんか夫婦よりももっと夫婦みたいな半同棲のふたりなの。

それで、自分も二股とかして世の中の男の人のこと知ってみたいんだって。

でも不思議なのはね、結婚するなら絶対にその彼氏がいいって言うの。

遊びっていうか、彼氏一筋だったから今になって他の男性も知りたいって。

もう30過ぎなのにね。それってどうなのかな?慶には分かる?」

「うん。ちょっと分かるよ」

「それはね、わたしにも分かるけど、ちょうどわたしたちと逆。

この人だって分かってるのに、あえて他の人と付き合いたいなんて。

わたしは正直、なんか違うと思うし、そのコの性格上、

どうせ口先だけで実際に他の男の人と遊ぶなんてしないような気がするんだ」

「うん。それも分かる。10年前からか。

なんか羨ましいね、その頃なら僕たちもまだやり直せたのにね。どっちにしても、まぁ幸せなことだ」

「それが幸せじゃなさそうだから可哀想なんじゃない。

わたしとも長い付き合いのコなんだけどね、うまく彼氏とやっていって欲しいな」


「ふ〜ん」

「“ふ〜ん”はないでしょ、“ふ〜ん”は。結構マジメにわたし、心配してる」

「ごめん、聞き流したんじゃなくて、僕には違うことが見えてたからさ」

「違うこと?なぁに?教えて。聞きたいな」

「うん、京華にもきっと分かると思うよ。

例えば、そうだな、一番入りたかった会社だとか、子供の性別とか、

親の健康とか、自分の身体にしてもそうでしょ、

家、車、金、望み通りにいっている人なんて世の中にどれだけいると思う?」

「う〜ん、それはいないでしょ。全部叶った人なんて」

「でしょ。必ずみんなどこかで我慢して、妥協して、コンプレックスも持って

それでも生きてゆかなくちゃいけないから生きている。

なんかその人も、ないものねだりをしているだけだと思うよ。

あのさ、突然悪いけど僕と妻はお互い趣味とかの興味の共通点がなくて

昔から困ってるんだけど、それでも付き合って結婚して今でも一緒にいる。

その10年付き合った人たちは趣味も会社も同じっていうじゃないか。

それは傍から見れば羨ましいことでもあるんだ」

「分かるよ、それは。すれ違いはウチだって一緒だもん。

ウチだって結婚する前はあっちが色々調べてわたしを連れて行ってくれたのに、

結婚してからは週末だってすれ違ってる。

わたしの甘えだって聞いてくれなくなったし、優しくなくなったから不満だもん。

それでも一緒にいなくちゃいけないっていうのがあるから一緒にいるけど」

「うん。ウチも妻は諦めたのかテニスばっかりして気持ちに整理をつけてるようなんだ。

だからって僕の好きな自然のこととか、歴史のこととかにはまったく興味を持とうとしない。

夫婦だから離れるわけにはいかないし。みんな困ってるんだよ」

分かるよ。慶が奥さんとうまくゆかないのは、あなたが現実に生きていない人だから。

理想を創り上げては恋するのがあなたの生き方。

今は思い出が理想になっているから慶はわたしを愛しただけのこと。

「愛情だって同じ。一番好きな人と結ばれるケースなんて一体どれだけあるのかな。

結ばれない方が多いだろうし、

互いが互いにその人だ、なんてことはきっと流れ星の数ぐらいだろう。

そうだと思って結婚した人が実は違ってたり、

結婚した後で実は最も愛すべき人と初めて出逢うとか、

ほら、実はずっと昔に出逢っていたのに別れたその後で

やっぱり気が付く僕たちのようなケースとか、色々哀しいことがあると思う。

きっといいようにならないことばかりだから」


慶は一息にまくし立てた。

――流れ星。慶にぴったりな言葉ね。

良く動く口を眺めながらわたしは一人、想い描く。

あなたこそ流れ星。

冷淡で絶望ばかりしているくせに、わたしにとっては綺羅星のように輝いていて、

でもあなたはあなた自身の日常の天空で輝きが保てないから、

わたしの海に流れてきている人。

スローラブって回数も限られてるし、一回一回に深く輝くものだからそれも貴重なの。

――あなたが色々悩む人とは分かっているけど、ただ真っ直ぐにわたしを愛して、お願い。

人目を忍びながらあのホテルの部屋まで。

赤々と輝く昼間の太陽に引け目を感じる必要なんてないから。

あなたが変わった星でも、わたしが暗い月面でも、どこまでもお供しましょ。





慶と付き合っていると面白いことが沢山ある。

気分屋というか、気まぐれで芸術家肌の彼の行動は昔からわたしにもよく分からない。

しばらくメールがなかったと思ったら、いきなり朝から熱烈なラブメールが届いたりする。

「――しかし。改めて愛って根深いものだな」

最初からこれじゃ分かんない。わたしに愛を伝えたいのは分かるけど。

「どうしたの、急に。何かあった?」

「いや、ほら、夜眠る時に身体が疼くじゃないか。

なんて言うか、言ってみれば京華の中で毎晩イキたい。

朝だって起きたら京華の白い肌を抱いてやっぱりイキたい。

寒い冬だから一層思うよ。こんなのばっかり考えてる」

本当にいきなりね。こんなメールわたし以外の人に送ったら変人扱いよ。

でも、わたしにとっては可愛い愛の告白。大丈夫よ。

「若いね〜。次逢う時までちゃんとガマンしてるのよ〜」

「いやいや、そういうレベルの話じゃなくて。何が僕を動かすかって、京華、君への愛だよ」

ほら、きた。自分から喰いついてくると思った。

「嬉しい。もっと言って」

「愛している。京華との愛のあるセックスがこの世で一番貴重なものだよ。

京華を抱いている時、僕は神様になる。

分かるかい?他のことは、なんだろう、大地に転がっているじゃがいも?」

「何それ?笑っちゃう!だって慶、じゃがいも好きじゃな〜い。意味がよく分かんな〜い♪」

「まぁ、とにかくそういうことさ。

今までの無駄な時間を取り戻すためにいっぱいセックスしよう。

君の、その、雪の積もった白い丘のようなきれいなおしりが好きだよ。

君はおしりがちょっと大きいって言うけど、そのおしりの丸さと白さはなんていうかな、

四季の移ろいの美しさよりもずっと豊かだ。

いつまでも抱いていたい。味わっていたい。なんだか僕はその白い丘に呑み込まれそう!

もう僕を活かすも殺すも君次第だ。せいぜい頼むよ、ずっと側に居てくれ」


――なんか食べ物か何かにでもなった気分。ヘンな例え。嬉しいけど。

「はい、分かりました。いつまでもスローラブで愛してね、慶」

直球じゃなくて、いつもどこかで自分のカラーに曲げて伝えてくるけど、

わたしには彼の心が見えているの。

分かるかしら、だって変でもいいじゃない、

その中に伝えようとする熱い心が、愛があればわたしはご機嫌だから。

彼とのメールはホント面白い。

使う言葉は堅過ぎるけど、その裏にあるのはわたしへのひとつの心だけ。

それがわたしを、あの人の元に向かわせるの。



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