小説「スローラブで愛して」8話

不倫の転機




「――子供ができた」

この一言がわたしたちの転機になった。再会してから一年が経ったある日のこと。


――えっ、奥さんとセックスしてたの?

わたしはついそう言いそうになったけど、言っちゃいけないことね。

わたしと奥さんとどっちがいいか較べていたんでしょう。

なんだか妙にショック。とてもイヤ。

「いや、まだ作るつもりはなかったから危険日は注意していたし、

大丈夫だと思ってたんだけど……」

冴えない慶の表情。

久しぶりに逢えたのに、一言目からそんなこと言われて、

それじゃわたしも気分が盛り上がらないじゃない。何考えているの?

「驚いたよ。一週間ぐらい前かな、

帰ったら女房がやけに嬉しそうにそう言うものだからびっくりしちゃって」


「奥さんは驚いてなかったの?」

「それが開き直ったのか、堂々としたもんさ。

やっぱりいざっていう時に女の方が強いっていうからね」

「それはそうだけど。今、何ヶ月目?」

「二ヶ月目だって」

ふぅん。二ヶ月、二ヶ月か。

わたしとのスローラブに夢中だと思ってたのに、まぁ、そんなものか。

なんだかイヤだなぁ。すごく気持ち悪い。

それはわたしだって夫と関係ないわけじゃないし、不倫の仲だからそう贅沢も言えないけど。


――それにしても気になる。

「奥さんの反応はどう?そんなに喜んでいるの?」

「あぁ、もう親バカの始まり。もう色んな本買い込んできて研究っていうか勉強してるよ。

お蔭様で色々教え込まれて僕まで詳しくなりそう」

「――そっか。まぁ、大事な時期だもんね。大切にしてあげて」

「分かってるよ」


――こんな時、わたしもイヤな女。勝手なことばかり考えてしまう。

もしも奥さんが計画的に生理のタイミングを嘘ついていたら?

接点を無くしつつある夫との間に、なんとか共通項を作ろうとしていたとしたら?

奥さんまで不倫していたとは思わないけど、

よそよそしい夫を取り戻そうとしてやったことだとしたら?

――イヤな女ね、ホント我ながら。

そんな会話はもう止めにしたいのか、慶はわざと明るい話に摩り替えていった。

相変わらず嘘が下手。なんでそんなに不自然な口調しかできないの。

――何かが変わってゆくのね。

わたしはそう感じ取っていた。


それでもその日も慶はホテルに誘ってくれた。

変わらずわたしを慈しむように愛し、高め、名前を熱く耳に吹きかけられながら一緒に達する。

変わらぬ激情、本物の愛。

このままずっと続くといい。

生きていれば変わってゆくものがあるってことはわたしだって知っている。

でも変わらないものも必要でしょ。

ねぇ、慶。スローラブの逢瀬ってどうしてこんなに燃えるものなのかしら。

これじゃ、変わらないって信じたくもなるよ。





それからスローラブが本当にスローになってゆくのが見えた。

メールの回数が減った。彼の言葉によそよそしさが混じるようになった。

「わたしはいつも待つだけ。大好きなあなたを待つだけだから。

ちゃんと食事とってる?ちゃんと眠れてる?お仕事は順調?また愛してね、慶」

週に数回の貴重なメールだから、愛を込めて送ってみる。

「ありがとうございます。京華、また愛し合えるかな。つまらない毎日に変化は大事ですね」

――「ございます」の部分が余計だよ、慶。なんか素っ気ないし。

以前はもっと愛を感じるメールを送ってきてくれてたでしょ。


翌週のメールはちょっとまともかな。

「慶、離れる時間も大切よね。この空白が、二人の愛を加熱してるっていつも感じる。

あなたも感じてる?

さみしいなんて言わないから、また面白いお話あったら昼間のラブメールしよ」

「そうですね。闇を越えて、闇を越えて、光があります。

何もかも変わってゆくけど、変わらないものも貴重かな。

やっぱりスローラブでずっと愛し合えればいい」

これはまぁまぁ。これまでのあの人の精神状態にぶれは少なかった。

冷静っていうか、変人だからいつもマイペース。

さすがに子供ができるとなると、不倫に負い目を感じているのか、

メールの言葉にずれが聞こえるようになってきた。


でもそれからの数ヶ月間は平静だった。

平静って、スローラブで静かに、でも逢う時は激しく愛し合うってこと。

慶もあれから奥さんのことは口にしなかったし、

セックスも濃く丁寧なままで、わたしは至極満足だった。



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