小説「スローラブで愛して」9話

不倫の終わり




急展開したのは、八ヶ月目を過ぎた頃から。

「超音波で胎内の子供の顔が見えた。しかも笑ってた」

なんかかなりショックを受けてたみたい。

硬い表情でサイドドアに頬杖をついたままの小さな声。

日焼けを避けることも忘れて、考え事をしているのか、腕はそのままなかなか動かなかった。


その日、車はいつものホテルの前を素通りした。

わたしの準備はすっかりできていたのに、彼はお話だけでわたしを駅へと送り届けた。

「今日はやめておこう」

「どうして?何がイヤなの?言って」

「いや、ただ子供の笑顔がリアルで怖い。しばらくは君を抱けないかも。ごめん」

それじゃわたしは何も言えないじゃない。

子供の存在を感じ始めた父親。わたしも意識せずにはいられない。

慶の何かが動いてゆく。きっとわたしから離れる方向に。

そこにスローラブっていう言葉はどう絡んでゆくのだろう。

永遠を誓った、大人同士の細長い感情の線はまだ続けられるかな。

最後まで見届けたいけど、終わりがくるのは怖い。

ゆっくりとフォームに入ってくる電車を眺めて、

わたしは大波に飲み込まれる瞬間の自分をイメージした。

真夏の暑さに一人抱き締められて、わたしはまた愛のない海に帰らなくちゃいけないのかな。

――怖い、怖いよ、慶。





それからしばらく慶との距離が空いた。

彼からは謝りのメールばかりが来る。気持ちは分かるよ。

でもそれじゃ心は満たされても、身体が収まらない。

「京華。申し訳ない。君への愛が揺らいだわけじゃないんだ。分かってくれるだろう?」

「まだ分ってないわ。もっと説明して」

彼の言いたいことなんて分かっているくせに。

こう返せば多分余計なことまでペラペラしゃべってくれそうだから。

わたしもイヤな女。

「その、何て言うのかな、愛情の上限の問題だよ。

スローラブもそうだけど、きっと人間一人には上限があると思うんだ」

ほら、真面目に返してくるつまらない男。

「わたしへの気持ちの上限に達したってこと?」

「そうじゃない。違うよ。それはないから安心して。

ただ、子供が出来たことで僕には愛すべきものがひとつ増えたんだ。

それも、とても深く愛すべき存在が」

「それは分かるよ。分かるけど――」

「けど、何?聞かせて欲しい」

「ほら、わたしだって、最初からわたしだけに愛を注いで欲しいなんて期待してないよ。

お互いもう独身じゃないのよ。家族だって大事なのは当たり前。

ただわたしに愛を注ぐ時間があった時に抱いて欲しいだけ。

都合のいい女でもいい。ホントだよ。忘れないで」

「分かった。でも都合のいい女とか思ってないからね。ありがとう、もうちょっと考えてみるよ」


わたしも考えちゃうじゃない。

家では貞淑な妻としての役を演じているからそんなことを思う隙間もないけど、

朝に家を出てから夕方帰ってくる時までは本当のわたしだからつい考え込んでしまう。

季節はまた次に移ってゆくから。

ふたりのことも次に流れてゆくのが自然のはずなの。

どっちにしろ結論はひとつしか見えてこないじゃない。

真面目に愛そうとする慶の固い性格じゃ、最後はどうなるかってわたしには見えてしまうの。

後はきっと時間の問題ね。



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