小説「スローラブで愛して」1話

スローラブで愛して




「生き急いじゃうからね。不倫でしかできないよ。――スローラブ。永遠に終わらない恋をしよう」


最初は慶の言う意味が分からなかった。

不倫の性愛にそんな清らかなものを求めようとする男の幼い神経。

「――スローラブ?きれいな言葉だけど、なんかおかしいかも。もっとドロドロした関係なのに。。。」

互い家庭のある身だから、不定期に交わすケータイのメールだけが密かな合図。

夫の目を盗んで小さなボタンに指を這わせる日々。



「そうかな?僕からすれば普通の純愛で何も変わらないよ。

ただ、激しい愛はいつか自然と時間に流されてしまうものだって僕は知ってしまった。

今まで通り過ぎてきたどの女性ともそうだったから」


「慶。哀しいことを言うのね。でも聞かせて、もっと」

「――うん。まさかこの人だけは違うと思って結婚したのに、妻とももうただの同居人だ。

愛がないってわけじゃない。

ただ、来るとは思ってなかった平凡がそんなところにも来たっていうだけ。

だから冷静に考えると、密度の濃過ぎる男女はいずれ駄目になってしまうんだよ。

例え一時どれだけ愛し合ったとしても」

「うんうん。分かるよ、それ」

「だからスローラブにしないか?逢うのは月に一回、連絡もメールだけにしよう。

それも毎日はメールしないほうがいい。やっぱり飽きちゃうし、長くは続かないよ。

それさえ守ればずっと濃い愛でいられる」


――生き急いじゃうから。

その言葉が妙に心に残った。そうね、確かに言う通り。

どうしても生き急いでしまうものだから、それで大切なものを何度も壊してきた記憶がある。

でも、慶はどこでそんなこと思い付いたのだろう。

わたしと別れてからそんなに哀しいことばかり続いたのかな。

――慶。わたしの愛しい人。今、わたしの「女」の部分をみ〜んな彼に預けてる。

不倫同士で結ばれた秘密の関係。慶はずっと昔のわたしの初めての彼氏。

わたしがまだ純粋というか、幼かった頃の恋の思い出。

でも振り返れば一番輝いていた恋の記憶かな。

ありがちな話だけど、久々に再会したら忘れてた想いが蘇ってきた。



「だから終わらない愛なんてないんだから。

燃えて、チャージして、そしたらまた燃えるんじゃない?

これって信頼し合わないとキツイね。独身じゃムリ。やっぱり生き急いじゃう。

でも僕たちなら一線を引いていられる。

互い一人じゃないんだし、それになんてったって二度目だからね(笑)。

――スローラブ。ほら、結構いい言葉に聞こえてきただろう?」


慶はいつもこんな調子。真剣っていうか、真面目っていうか、理屈っぽくて。

合わせると長いけど、どこかわたしの求めるものに触れようとしている。

そんな気がするの。


「分かった、スローラブね。ちゃんと愛してくれさえすればわたしは満足よ。

でも嬉しい。あなたに抱かれて、なんか“女”を取り戻した感じ。

こんな関係になっちゃったのも仕方ないよ。

結婚してても、いくら年をとっても“女”だけはわたし、いつまでも捨てたくないの。

お願いね、慶。スローラブで愛して」





慶の言いたいことは実際手に取るように分かった。

急ぐと壊れてしまうものだから、愛にもきっと昂ぶりの上限があって、

そこに達したらあとはもう平行線をたどって消えるのが現実だと思ってるんでしょ。


――一気に愛し合って、炎のように貪り合って、それですぐに関係を終わらせちゃう?

わたしももうそんなに若くはないよ。イヤだよ、イヤ。

逢いたいのを我慢してでも、逢える時には愛し愛されて、

時間を空けて互い冷やして、それでまた愛し合いたい。


ずっと愛されたい。いつでも愛を感じていたい。

それは女だから色々わがままも言いたくなるけど、

慶が考えてることぐらいわたしだって本当は分かってる。


「京華、本当に我慢できる?

寂しいっていう言葉を言ってしまった時が最後、そのうち終わりが来ちゃうんだ。

僕は絶対に言わないよ。

あとは君が言わないって約束してくれるなら僕たちはずっと愛し合えると思う」


だから分かっているの。生き急いだらそこで終わりがくるって言いたいんでしょう?

だったらできるよ、わたしにだってできる。



慶とはまだ結ばれたばかり。偶然の再会の後、しばらくしてメールが来た。

何度かメールを交わした後でドライブに誘われたら、あとはお決まりのコース。

忘れられない人。面と向かってしゃべると無口で不器用なくせに、

メールやベッドの中ではそっと優しい本音を語ってくれる。あの頃と変わらずピュアな人。

そんなところが昔のわたしが愛した部分だって思い出した。

あの人に見つめられると、真っ直ぐで誠実な愛情に引き寄せられてしまうわたしがいる。

他の男たちにはなかった、あの純粋な「女」の見つめられ方。

わたしはわたしの「女」の自意識に逆らえなかった。慶からは離れられない。

よくもまぁ、昔のわたしは別れて我慢できたなって今更感心したぐらいね。



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