小説「太史慈」3話

孫策 太史慈




翌日、朝一番で役所が開くのを待って取次ぎをお願いした太史慈だったが、

今日も明日も先約で一杯だから駄目だ、と追い払われる。

手元に渡された札に書かれた太史慈の約定の日時は二日も先だ。

――困ったな。これでは意味がない。

頭を抱えた太史慈が役所通りをウロウロしていると、

向こうから青州の役人たちが来るのが見えた。

旗をかざし、供を従えて悠々と歩いている。

(今日が奴等の上奏の日か!)

太史慈は焦った。

せっかく馬を飛ばして来たのに、奴らに先に入られてはそれまでだ。

あの余裕の雰囲気は、上奏の約定日が今日なのだろう。

(父よ!母よ!俺に力を貸してくれ!!)

意を決すると太史慈は役所の手前まで戻る。

長躯を活かして門前に威風堂々と立ち尽くし、青州の一団が来るのを待った。


「待たれい!上奏の一団とお見受けいたすが、手形を拝見する」

わざと門前から離れて声をかけ、札を見ると確かにこれからの時間の約束手形である。

「拝見した。間もなく御身らの上奏を取り受けするが、

きちんと上奏の型というものを踏んでおられるか?

担当上官は型に大変うるさい御仁だ。型に沿ってなければ申請すら受け付けないぞ」

そう言うと一団の長が心配そうな表情をした。

「そうですか?手前どもは定型にのっとり準備をしてきましたが?」

「それがいつも問題になるのだ。

失礼ながら御身らの地方の型と、この中央の型とは大きく違っていてな。

ほら、それがしもこの通り東方の訛りがあるだろう。

特にこの役所では東方のやり方と全然違っていて困ることばかりだ。

御身らは青州から参ったのだろう?

同じ東人のよしみでまずは俺が見てあげよう。

一度提出してしまってから書き直そうとしても、取り返しがつかないからな」

「それはありがたい。恩にきる。是非お願いしよう。これは大事な用件なのでな」

あまりに堂々とした太史慈の態度に疑いを持たないのか、

使長は懐から手紙を出そうとした。

「おっと、こんな通りの真ん中ではまずい。蔭にいこう、蔭に。御身一人だけでこちらに参られい」

そう言って使長だけを裏通りに誘い込むと、

手紙を受け取るや否や太史慈は手紙をビリビリに破いてしまった。

「なんと!何をする!!」

あっけに取られている使長の首を掴むと、

太史慈は大男の貫禄を見せ付けて耳元に脅迫口調でこう囁いた。

「おう。これでおめぇもお終いだ。

俺は東莱郡の使者だが、道の途中で上奏文を奪われちまって役目が務まらねぇ。

おめぇも俺ももう上奏は失敗したし、このまま田舎に帰ったら仕事放棄で首だ。

それどころか、死刑にされちまうかもしれねぇ。おい、このまま逃げるぞ。文句はねぇな?」

――恐ろしいものよ、この太史慈の度胸は。

使長を抱えるようにしてそのまま太史慈は都から逃げ出した。


太史慈の脅しを本気に捉えた使長は、すっかり魂を飛ばしていた。

確かに上奏は重役である。

役を果たさずに戻ってきた使者には重罰が科せられていたし、死を申し付けられた先例もある。

太史慈の言葉はあながち嘘でもなかった。

うろたえる青州の使長をひきまわし、しかし二日目の早朝に太史慈は宿を一人抜けると、

そのまま約束の手形の時間に役所まで舞い戻って上奏を行った。





「――その武勇伝は聞いたことがある。

太史亨殿、貴殿も大変だな。呉の名将・太史慈の嫡子として、

立派な活躍をしなくてはならない宿命を生まれつき背負わされているわけだ」

「それも私の運命であって、逃げようとも思いません」

「立派な心がけだ。それで、孫策に出逢う前の尊父はそれからどうしていたのだ?」

「はい、それからの父は決して恵まれてはいませんでした。

母や親戚から聞いた話ですが、使者の役目を果たしたのに強引な手口を批難されて、

父は東莱郡にいられなくなってしまったようです。

在野に下った後、名君の評判の高かった孔融や同郷の劉ヨウに仕官したのですが、

どちらも父が期待したような主君ではありませんでした」


劉ヨウとのこと。

太史慈にとって、劉ヨウの配下にいた時期が最も不遇であった。

何度か主君を変えた過去がある太史慈を重用してしまったら、

高名な人物占いである許子将に笑われないかと心配して、劉ヨウはわざと太史慈を遠ざけていた。

仕事はするのに評価が伴わない。

本来の実力を発揮する場所が与えられない。

その空虚な時間に太史慈はひどく気分が塞がっていた。

許子将の言葉など何も関係ないのに、ただ自分は自分の仕事を忠実に務めていたいだけなのに。


「そんな時に尊父は孫策に出逢ったわけだな」

「そうです。ようやくそこから父らしい武勇を発揮できる主君に仕えています」

「孫策と太史慈の一騎打ちといえば、

この魏の兵卒でも知らない者はいないぐらい有名な武芸譚だからな。

太史亨殿、もっと教えてくれ。英雄の生き様を知りたい」

――身を乗り出すようにして聞いてくる主と、静かに受け答える客。

「英雄の生き様ですか?

希代の英雄でいらっしゃる殿下の口からそんなお言葉がでるとは思いませんでした」

「いやいや、太史亨殿、世辞はいらん。

今宵はこうしてたった二人きり、私も魏の皇帝である曹ヒとしてではなく、

互い偉大な父を持った二代目同士として話をしたかったのだ」

それは太史亨にも共感できる言葉だった。

敵国である呉の使者として許都にやってきた太史亨という

無名で位も低い将を誘って、魏の皇帝ともあろう曹ヒが

一対一で食事を共にしているのはそういう思いがあったのだ。

曹ヒもまた、魏の建国者・曹操という偉大すぎる父と比較され続ける宿命を背負った、

哀れな二代目であるのだろう。重圧から一瞬でも逃れようと、

似た境遇の太史亨と慰め合っているのか。


父・孫堅の遺志を継ぐために領土を求めていた孫策は、

叔父の危機を救うためと称して袁術から兵を借り、揚州を治める劉ヨウに攻めかかった。

有能な将を引き連れた孫策軍は瞬く間に劉ヨウ軍を撃破してゆき、城前に迫る。

神亭山に小勢で斥候に出た孫策を討とうと、

単騎で駆け付けた太史慈はうまく孫策を誘い出して、百合にも及ぶ一騎討ちを繰り広げた。

その間に敵味方の軍勢が入り混じり決着はつかなかったが、

万夫不当で知られる勇将・孫策と互角に討ち交わす太史慈の武勇は両軍の間で伝説となった。



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