小説「時の流れの恐ろしさ」5話

昔の仲間




「よう、石ちゃん。久しぶり」

「おっ、山。半年ぐらいぶりだね」

ある夜、高校の同級生から電話がかかってきた。

「川田のところに二人目が産まれたってさ。また女の子だって喜んでいたよ」

「そうかー。もう二人目か。早いねー。いや、早くないか。

三十にもなれば俺たちもすっかりそんな年齢だなー」

「まぁ、三十ってのは何が起きてもおかしくない年だよな。

オマエみたいにまだ子供を作らないで奥さんとのんびり暮らしている方が珍しいかもしれない」

「いや、オマエこそ三十なんだからそろそろ結婚してもいいんじゃないの?」

「俺はいいんだよ、俺は。気ままな一人暮らしが性に合っている。

好きなだけ飲みにも行けるしな。

ところで、その飲みなんだけどさ、再来週の土曜日に同窓会でも開こうぜ」

「十二日?いいよ。半年ぶりにまたみんな集めるか」

「前と違ってこの頃はみんな集まらないよなー。きっとまた五〜六人しか集まらないぞ」

「まぁ、そうかもね。みんなそれぞれですっかり忙しくなったし」

「とりあえず周りに声をかけてみるよ。オマエはもう確保ね。

もちろん場所は川越だから。よろしく!」

「いいよ、必ず行くよ」

「時間とか店とか決まったらまた連絡する。じゃあな」

「十二日ね。それでは」


――電話が切れる。私はため息をついて、すぐに後悔を始める。

どうやら、私はまたくだらない飲み会に参加するらしい。

本当は行きたくないくせに、誘いの言葉には決してNOと言うことができないあわれな男だ。

このかつての仲間たちと集まっても、

昔のように校舎の裏で隠れんぼや缶蹴りをして遊ぶという、

豊かで有意義な時間を過ごすわけではない。

大きくなり、ごく普通の男となってしまった彼等と、

会社の連中と大して変わりがないことをするだけなのだ。

先が分かっているのに、愚かな私はまた足を運んでしまうのらしい。

あぁ、我ながら馬鹿だ。我ながら無様だ。

金と時間を無駄にすると分かっているのに、それでも肯いてしまう。

怠惰さの上に愚かさが重なり、己が醜悪な存在に見えてくる。

本当に、私はどうしようもない人間だ。


「――どうしたの?みんなで集まるの?」

真子が声をかけてきた。

「うん、再来週の土曜日にまた同窓会を開こう、って山からの誘いだよ。

それとね、前から言っていた川田っていう同級生のところに二人目が産まれたって!」

「えっ?それじゃぁ、誕生祝い?」

「いや〜多分川田は来れないだろうし、普通の飲み会だよ」

「そう、みなさん集まれるといいわね」

「いつもすいませんねぇ〜」

「いいわよ、これからみんな段々と家庭をもって子供が産まれて、

ますます集まれなくなることでしょうから、集まれるうちに集まっておけばいいのよ」

「はいはい、分かっていますよ。僕だって子供が産まれたら行かないようにしますからね」

「そう!分かっているじゃないの!今だけだと思って行ってらっしゃい」

真子が笑いながらそんなことを言っている。

そうだ、こんな生活もきっと長くは続かない。

馬鹿が馬鹿でいられる今のうちに、馬鹿になっておくのも悪くはないのかもしれない。


十二日になると、飯田橋で有楽町線に乗り換え、

そのまま直通の東武東上線で川越に向かった。

私が卒業した高校は川越市内にあり、ほとんどの同級生が

まだ川越周辺に住んでいるから集合場所はいつもこっちになる。

葛西から行くにはとても迷惑な距離だ。でも、みんなこっちにいるから仕方がない。

電車に乗っていると、送り出してくれた妻の温かい態度を思い出してため息が出てしまう。

まさか真子は、私がうきうきとした心で同窓会に向かっているとでも思っているのだろうか。

満たされた人生の一場面として、同窓会に顔を出しているとでも思っているのだろうか。

この同窓会に参加して得ることができるものが、

いつも通りに真子と家でくつろいでいて得ることができるものの

足元にも及ばないということははっきりしている。

それはもう間違いないと断言しよう。

それなのに何故こうして足を運んでいるのか。そこには、私の心に住み着く謎があると思う。


――あえて幸せを放棄することで己に野性が戻ると勝手に思い込んでいる。

――いつもの幸せのみならず愚の毒も経験することで人生の妙味が見え、

作家として大成する基になると信じている。

――本当の己とは、この凡庸さと対等な、愚かな虫けらだ。


私は一体何者なのだろう。この道を進んで、どこに辿り着くのだろう。

今の状況をどうすれば、常に満足が得られる生活にすることができるのだろう。

平日は会社のことばかりに埋め尽くされ、こういう大事なことを考える時間がない。

今のような休みのうちに道を見つけておかなくてはずっとこのままではないか。

私は今の状況に満足してはいない。

私に相応しい別の場所がきっと私を待っている。

なんとか、今を前進させなくてはいけないのだ。

何もすることがないと、いつもこんなことばかり考えてしまう。

そして哀れな己は続く。考えても、考えても結論が出ない。

私は流されるしか術のない小舟。

自分を取り巻く大きな流れのなすがまま、

私の心は今日はこちら、明日はあちらと彷徨っている。

謎だ、自分自身が最大の謎だ。どこへ行こうとしているのか、

どこに行けば満足できるのか、いつまで経っても解決できない。

少なくとも、今夜私が取ろうとしている行動が逃げであり、

夢描く自分自身に向かっていないことだけは間違いない。


しかつめらしいことを考えるのも川越に着くまでのこと。

川越が近付くにつれ心の曇り加減も募ってゆくが、電車を降り、

仲間と落ち合うと悩みが全て消えてなくなった。

途端に私は平々凡々たる一人の人間へと堕ちる。

さぁ、今夜も私は不思議の扉へと足を踏み入れるのだ。

川越駅改札前の踊り場にはいつも沢山の人の輪ができているが、

目指す連中はすぐに分かった。

他では若い男女が入り混じったグループがあちこちで円になっているのに、

その中に男だけで集まっている連中がいるのだ。

しかもその一群が周りに輪をかけて楽しげに騒いでいるからよく目立つ。

全員揃って大きく手を振り私を呼んでいる。恥ずかしい。

集合時間の十分前に来た私が一番最後なのだから、あいつらは相当張り切って来たらしい。

それにしても、まぁいつもの奴等が集まったものだ。


毎回幹事を買って出る山は、脱サラで整体師の卵だ。

人間ができかけているが、彼にはちょっと自分を優先させ過ぎる癖がある。

酒好きで、飲めばさらに饒舌になり、座は彼の説教の場になりがちだ。

誰に対しても、山は山の世界を通す。

そんなことができるあいつがうらやましい。

もっとも、そんな性格だから会社勤めは合わなかったのだろう。

今は先生について整体の修業中だが、

独立して自分のペースで仕事ができるようになったらあいつはもっと輝くだろう。

プログラマーの森ちゃんには、残念ながら洗練されたセンスというものが全くない。

だが、あるいはだからこそ、彼はどこまでも純粋だ。

役は三枚目だが、周りの誰からも好かれる愛すべき三枚目だ。

軽薄さが服を着たようなインチキ証券マンの高田。

学生時代はただ愉快な奴だったが、社会に出てすごく要領が良くなった。

私とは一対一だと話がかみ合わないが、みんなでいる分には面白い。

女性に対しても軽いのだが、あれで結婚しているのだから奥さんも大変だろう。

まぁ、あいつはあいつで、うまくやれるだろう。

私のような暗い性格をした人間にはないものを持っている奴だ。

その部分だけが、喉から手が出るほど羨ましい。

エリートを思わせる風貌だが、実は気が弱く、

みんなの調整役に回るのがエンジニアの青田だ。

このグループでは、昔から彼の存在は大きい。

他の奴等が個性的過ぎるので、青田がいないとバランスが取れないのだ。

きっと我々以外の人たちとでも、青田の存在は同じようなのだろう。

人と人を結びつける貴重な人間だ。

日高は、このグループのまとめ役となっている、

熱血バカで隙がなく、おしゃべりな車の営業マンだ。

高校時代はバトミントン部の部長で、頼もしいリーダーだった。

毎朝出勤前にプールで泳いでから会社に行くようなタフ・ガイだ。

いつも元気で、腹に黒いところがない。信頼できる男だ。

いつもはここに川田が加わっていた。

さすがに子供が生まれたばかりなので今日は誘わなかったのだが、

本人は来たがっていたらしい。

あいつは美容師だ。今は所沢の美容室で

雇われ店長をしているが、そろそろ独立の時らしい。

真面目な男で、やることなすことが堅い。

責任感の強さは人並外れている。

あいつなら、家族をちゃんと幸せに導くことができるに違いないと思わせるような人間だ。





こうして男だけで六人も集まり、駅からサンロードへと歩いて行く。

このサンロードは昔の思い出だらけだ。

高校生の頃、みんなで集まってはよくこの辺りのゲームセンターに来た。

卒業以来ここを通るたびに、土曜日の部活が終わってからの

ビリヤードやボーリングの楽しい時間を思い出す。

時は移り、今ではこの連中とこの道を歩いても居酒屋しか行かなくなった。

騒ぎ方は当時と変わらないのだが、そこだけが違う。六人は居酒屋へと入って行く。

全員が高校の同級生で、同じバトミントン部で三年間を共にした連中だ。

バトミントン部も学年で二十名近くいたのだが、今はなかなかみんな集まらない。

この六人と川田を加えた七人は特別仲良しだったから、いつも集まる。

もう十数年来の付き合いになので、お互い気心は知り尽くしている。

昔話でもすれば話すネタは限りない。

全員明日の仕事はないようだし、今夜は気の合う仲間同士、どこまでも飲み続けよう。



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